解放された二人
話し合いが終わったあと、リーズとアーシェラたちは、夕方の宴会の料理に取り掛かった。
リーズを無理やり連れ戻そうとしたリシャールに対抗するためとはいえ、せっかくの昼食は味わうどころではなかったので、せめて夜くらいは難しいことを考えずに、手料理を味わってほしいという意向なのだろう。
ただ、ついさっきまではほとんど敵対していた上に、二人への罪悪感がまだ抜け切れていないエノーとロザリンデは、何もしないのは申し訳ないと思い、自分たちにも何か手伝えることはないかとアーシェラに伝えた。
「なぁ、アーシェラ……その、あれだけいろいろあって疲れてはいないか? よければ俺たちも手伝おうか?」
「それ以外にも、いろいろとご迷惑をおかけしてしまいましたし……」
「いいのいいのっ! 喧嘩ごっこはもう終わり! 二人はリーズたちの大切なお客さんなんだからっ! リーズたちにおもてなしさせてよっ!」
「そうそう。君たちも遠路はるばる走ってきて疲れただろう? それに、あんなのを一緒に連れて来て……。ミーナにお風呂を沸かしてもらったから、まずは疲れと汚れを落としておいでよ」
もちろん、リーズもアーシェラも、二人に手伝ってもらわなくてもいいと断ってきた。
特にリーズは、もうすっかりこの家の一員――――ひいては村の一員のようにふるまっており、アーシェラとおそろいの三角巾とエプロンを着用する様は、完全に夫婦そのものである。
エノーもロザリンデも、それぞれ初恋の人が目の前にいるのだが、ここまでお似合いだと悔しい気持ちや悲しい気持ちが一切わかないから不思議だ。
「本当に、何から何まですまないな。今日のところは、その言葉に甘えさせてもらうとしようか」
「そうしてくれると僕もうれしいよ。何せ君は……今でも僕の親友なんだから」
「あ、その通りだ。いろいろあったが、俺とアーシェラ、それにリーズも、今でも親友だと思っている」
「あら、私も仲間はずれにしないでくださいね」
アーシェラはまだリーズのことを守れなかった二人を完全に許したわけではなかったが、それはそれとして、数年ぶりに会えた友人をもてなすことができるのが、とてもうれしそうだった。出来ればこの場にロジオンと…………ツィーテンがいてくれればとも思ったが、あまり過去にこだわりすぎるのもよくない。
二人は(念のため)交互に風呂に入って体を癒すと、宴会の準備が進む間にブロス夫妻から改めて村の紹介と、今夜泊まる場所の案内を受けた。
「ヤッハッハ! あなたたちのことは、事前に村長から聞いていたよっ! リーズさんや村長とはいろいろあったみたいだけど、村の人たちはそこまで気にしていないからね!」
「その代わり、ここでは王国での権威とかは一切通用しないから」
先ほどまでは、あくまで「王国からの使者」を相手にする態度だったため、村中がピリピリしていたものの、すべてが終わった後は、いつもののどかな雰囲気を取り戻していた。
小鳥の歌うような囀りがよく聞こえるほど静かだが、程よく温かみがあり、まるで独特の時間が流れているようなこの世界の片隅。
エノーとロザリンデも、すべての責務から一時的に解き放たれた気持ちと、どこまでも広がる自然豊かな村の空気を同時に味わったことで、リーズがこの村を住処に選んだ理由がよくわかったような気がしてきた。
「いいところだな」
「ええ、本当に」
二人はブロスの家の一角にある空き部屋に案内され、村に滞在している間はここを使わせてもらえることになった。
もっとも、同じ部屋でいいかとブロスに聞かれた際に「もちろん」と二人で同時に言ってしまい、しばらくブロスからニヤニヤした視線を受ける羽目になったが…………王国から飛び出して10日目にして、彼らはようやく二人きりの時間を手に入れることができた。
ここには、いつ来るかわからないおせっかいな神官たちや、隙あらば嫌味を言いに来る貴族もいない。
あまりの解放感に、エノーは床に直接ごろんと仰向けになった。
「この程度の小さな村は、世界中に数えきれないほどあるだろうが……アーシェラとリーズがいるせいか、とても安心できる」
「エノーはいつも体を張る仕事をしていましたから、休むだけでは取れない疲れがあるのでしょう。ここにいる間は、守ることなんて考えずに、ゆっくりしていきましょうか」
「いや、それはできないな。ロザリンデ、君だけはどこにいても命を懸けて守るさ。仕事じゃない、夫の務めだ」
「まあぁっ! 嬉しいことを言ってくれますね」
エノーに続いて床に腰を下ろしていたロザリンデが、エノーの惚気セリフに嬉しくなり、仰向けになっていたエノーの体に勢いよくダイブした。
「おうっ!? どうしたどうした? まだ昼だぜ?」
「いいではありませんか♪ これから先はずっと一緒、とはいえ、エノーとこうしていられるのは久々なのですから」
とはいえ――――ここは他人の家である。
いくら自由にしていいといっても、限度というものがある。あまり過激なことはできそうにない。
勢いでエノーの上にのしかかったロザリンデは、少しの間沈黙して、そのまま理性の枷を外そうとしてしまった自分を落ち着ける。
「…………私たちだけの家が欲しいですね」
「アーシェラに頼んで作ってもらうか」
「では、それまでこれで我慢してくださいね♪」
そういってロザリンデは、自分をじっと見つめてくる愛しい人の顔にそっと近づき、静かに唇を重ねた。
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