宴の一夜
ブロスの家で少しゆっくりさせてもらった後は、アーシェラとリーズが作ってくれた料理がずらっと並ぶ宴会が催され、村人たち総出で村長と村長夫人の勝利と未来を祝った。
村人全員でも食べきれそうにないほどの量のシチューや、鉄板に豪勢に盛られたアツアツのミートグラタン、それに村周辺でとれた色とりどり野菜のサラダがそろう中、エノーとロザリンデ、それに村人たちの度肝を抜いたのが、アーシェラお手製の「リーズの顔より大きいハンバーグ」だった。
巨大ハンバーグは、かつて魔神王討伐が終わった後、アーシェラがリーズに食べてもらいたいものだったのだが、なぜか部外者である王国貴族たちに勝手に食べられてしまった。それが今、ようやくリーズの目の前に現れたのだ。
「えっへへ~っ!! 本当にリーズの顔より大きいっ! いっただきま~すっ♪」
「ふふっ、みんなの分はきちんとあるから、これ一個はリーズだけで食べて大丈夫だよ」
「すげぇ……あの量を食べるリーズもだが、この短時間でこれだけの料理をそろえたアーシェラもやべぇ」
「かつては300人分の食事を、毎日作ってましたから……宮廷料理人もはだしで逃げ出しますね」
「はわわっ、リーズお姉ちゃん、まさかそれを一人で!? す、すごいですっ!」
「ヤヤヤッ! そんなに大きいものを食べたら、ほかのものを食べられなくないかねっ!?」
「いやー、あれは森の男の俺でも無理だな、うん」
大皿の上に鎮座する巨大なハンバーグを、満面の笑みで切り分け、その大きな口に頬張るリーズ。もはやスポーツか何かを見ているような一大スペクタクルに、エノーとロザリンデだけでなく、村人たちまでも、食べる手を止めて見入ってしまった。
だが、その後は次第に場も盛り上がり、村で作られた果実酒も運び込まれた。
今や村人たちはエノーたちを敵とは全く思っていないばかりか、仲間も同然のように気軽に話しかけてきてくれた。
「ほっほう、ひょっとして君はうちの弟と同郷なのか! 妙な偶然もあったものだな!」
「うそっ!? まじで!? 領主さんとこの息子さん!? 事故死したって聞いてたんだが!?」
特に驚いたのが、レスカの弟フリッツがエノーと同じ地の出身だったことだ。彼は、領主の嫡男が事故死していたと聞いたことがあったが、こんなところで会うことができるとは思ってもみなかった。
「あの人には内緒にしてね……もう、殺されそうになるのは嫌だからっ!」
「大丈夫大丈夫、あの後領主は不審な死を遂げて、後妻の一族に乗っ取られる寸前に、領主の親族と揉めまくって、結局別の公爵家に編入されたからな。フリッツ君はむしろ運がよかったと思う」
「あの後はそんなことになっていたのか!? 知らなかった!」
「やはり天罰が下ったのでしょうね。悪いことはできないものです」
こうして宴会は進み、話も弾んでおいしい料理もたっぷり堪能する。
王国で開かれていた毎晩のように開かれていたパーティーに比べて、規模はかなりみすぼらしく、洗練されていないことは確かだが――――食べ物のおいしさなら、負けるどころかこっちの方がとてもおいしいだろう。
また、村の宴会には政治的な思惑や、マウント合戦のようなものもなく、ほぼ無礼講で好きなように騒ぐことができた。村人の中には酒を浴びるほど飲んで酔いつぶれる者もいれば、ひたすら釣りの話について語り続ける者もいるなど、若干迷惑な人々もいるのだが…………それでも、純粋な活気の中で心からの交流をするのは、とても楽しいものがあった。
そして次の日の朝には――――――
「ぬぐぐ……あ、頭が……」
「エノーったら、昨日はお酒を壷1杯分は飲んでいましたよ。二日酔いになって当然です。さ、解毒術を掛けますからね」
宿泊場所として借りているブロスの家の部屋で、エノーは二日酔いに苦しんでいた。どうやら、周りの目を気にせずに好きなだけ飲んではしゃげたのがよっぽど楽しかったようで、久しぶりに羽目を外しすぎてしまったらしい。
ロザリンデは若干呆れつつも、エノーに解毒の術を掛けてあげた。
「すまない、助かった。しかしなんだな……ロザリンデは昨日初めて酒を口にしたんだよな」
「はい、その通りです。お酒というものを生まれて初めて飲みましたが、とてもおいしいのですね。高級酒が女神さまへの献上品になる理由がよくわかりました」
「だがな、俺の記憶していた限りでは、壷で3杯くらいは飲んでいた気がするのだが。酔っていないのか?」
「不思議なことに、まったく酔いませんでしたね」
「おおう…………」
一方で聖女ロザリンデは、神殿ではずっと禁酒だったので、人生で初めて酒というものを味わった。
その飲みっぷりはすさまじく、ブロス一家が用意した村の備蓄の酒を、おいしいからと言って次々に飲み干していった。村で一番酒に強い、ブロスの父デギムスやミルカですら、彼女の蟒蛇っぷりには舌を巻くほかなかったという。
「そういえば、結局宴会の最中には、俺たちが婚約したことを話せなかったな」
「ついつい楽しくて、言うタイミングを逃してしまいましたね。せっかくなので、アーシェラさんに朝食をいただく際にお話ししましょうか。どこまでバレているか、ちょっとドキドキしますね」
村の和気藹々とした雰囲気に溶け込みすぎて、ついつい自分たちが結ばれたばかりだという事を言いそびれてしまった二人。だが、彼らはそれほどまでに…………お互いが近くにいることが、当たり前になってきているのだろう。
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