秘密の恋愛事情
「私は、エノーと婚約しましたから♪」
『!?』
朝食のさなか、ロザリンデがさらっと口にした言葉に衝撃を受けたリーズとアーシェラは、揃って手に持っていたパンをスープの中に落としてしまった。
落とすタイミングといい、口をぽかんと開けた表情といい、何から何までそっくりのリアクションをする二人に、エノーは思わず吹き出してしまった。
「よし! やった! 最後の最後でアーシェラに一矢報いてやったぜ!」
「何でもお見通しのアーシェラさんでも、仲間のことがよくわかってるリーズでも、私たちが恋仲だとはわからなかったようですね。ふふ、お二人のその顔を見ることができて、ここに足を運んだ甲斐がありました」
エノーとロザリンデは「してやったり!」という表情で、ハイタッチを交わした。
リーズとアーシェラは、結ばれたことを公言してから遠慮をしなくなったのか、
今日の朝食でも親友たちの前でいちゃつくなどしていたが、ここにきて漸く意趣返しをすることができたようだ。
アーシェラの手紙を、エノーが受け取ったのが15日前……
そこから二人が、自分たちがリーズに知らず知らずのうちに負担をかけていたことを自覚し、同時に自分たちの今後の身の振り方についても考えさせられた。
かつての仲間であり親友であったアーシェラからの手紙は、恐ろしいほどにエノーたちの心を凍てつかせ、震え上がらせたが…………だからこそ、自分たちは変わるのだという姿勢を見せようと決めたのだ。
仲間思いのリーズも、すべてを見通すような眼を持つアーシェラも、自分たちが恋仲になっているとは見抜けなかった。
人々の目を掻い潜りながら育んだ二人の秘密の恋は、リーズとアーシェラの驚く顔をもって開花したといえる。
「ほらほらどうした? 俺たちはあんなに二人のことを祝ってやったのに、俺たちのことは祝ってくれないのか?」
「そ、そんなことないよっ! おめでと! ロザリンデ、エノー!」
「あー……本当にわからなかった。そんな素振りちっとも見せてなかったじゃないか。まぁ、でもおめでとう。僕とリーズほどじゃないけど、凄くお似合いだと思うよ!」
「このやろう……」
素直に祝福するリーズと、やや素直ではない祝福をするアーシェラ。
それでも二人は、とても嬉しそうな顔をしていた。
「しかし一体いつから?」
「少なくとも、一昨日よりは前ですね」
「うそっ!? リーズたち先を越されてたんだ!? シェラっ、リーズなんか悔しいっ!」
「はっはっは! リーズもアーシェラも一緒に住んでたくせに、ぐずぐずしてるからだ」
今度は告白した時期が先を越されたと知ったリーズが、悔しそうに手元のパンをガジガジとかじりだした。
エノーとロザリンデは、リーズとアーシェラほどお互いの立場に差がなかったため、想いを伝えあうのは難しくなかったようだが…………それでも、リーズとアーシェラは意識しあっていた期間がエノーたちより長かっただけに、もう少し早くお互いの気持ちに素直になっていれば……という悔しさもあった。
かつて、エノーがリーズに、ロザリンデがアーシェラに、それぞれ好意を持っていたことは知っているし、ひょっとしたら二人が過去の思いに未練を残しているのではとも思っていた。
エノーとロザリンデが婚約したということは、彼らが過去の問題と決別し、新たな道を歩むことを決意した何よりの証だと受け止められた。
エノーとロザリンデは、お互いの失恋から慰めあう関係に発展し、それがお互いの恋心へと昇華した。
盲目的に夢を追い続けていたエノーと、規律と礼儀で自縄自縛に陥っていたロザリンデは、お互いがいることで自身が本当に望んでいたものに気が付くことができたのだ。
しかし、彼らは自分たちのことばかりを考えるだけで、リーズが苦しんでいることに全く気が付かなかったばかりか、自分たちの平穏の為にリーズを平和の人柱にする一歩手前まで行ったのだ。
「アーシェラ、お前の手紙のおかげだ。俺たちは知らないうちに……俺たちが苦労してるからリーズも苦労すべきだと、馬鹿な考えを持っていた」
「お手紙でアーシェラさんが叱ってくれたから、私たちも目が覚めました」
「うーん……さすがにそれは想定外だったなぁ」
アーシェラが手紙でエノーとロザリンデを立会人に指定したのは、当然二人が恋人同士だと知っていたからではない。ある程度冷静に話し合える相手が、エノーかロザリンデ、またはグラントくらいしか考えられなかったのだ。
リーズを取り戻しに来る敵になるはずだった二人が、直前になってなぜ王国を裏切ってこちら側に着く意思を見せたのか……アーシェラはそのことをずっと不可解に感じていたのだが、昨日の直接の謝罪と、今日の婚約発言ですべてがつながったようだ。
また、アーシェラの手紙だけでなく、リーズが勇気を出して王国の支配から逃れ、恋人との生活を選んだことも、二人に新たな道を進ませるきっかけとなった。
世の中何がどう転ぶかわからないものである。
「そっか~。よくわからないけど、リーズのおかげってことで、いいのかな? えっへへぇ~♪」
「まあ、結果オーライかな。だから…………リーズを1年間も苦しい思いをさせたことは許してあげよう。本当は許したくないんだけどね♪」
二人は改めて、エノーとロザリンデに笑顔の祝福を送ったが、アーシェラの笑顔にはまだ半分怒りが混じっていた。
リーズをほったらかしにした理由が、自分たちの恋愛の為だったと知ったら、いくら温厚なアーシェラといえども許しがたかったようだが、それが却って、リーズとアーシェラが結ばれる要因の一つになったというのも、また皮肉な話であった。
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