楽園よさらば
リーズ、アーシェラと和解し、リシャールというお荷物も大魔道ボイヤールに引き取ってもらったエノーとロザリンデは、様々な心配事から解放されて、ようやくこの辺鄙な村で一息つくことができた。
それと同時に、何事にも縛られることなく伸び伸びと暮らす村人たちの姿を見ていると、ここがまるで楽園のように思えてくる。
確かに、エノーたちがいた王都アディノポリスとその中心にある王宮は、世界で最も豊かな場所の一つだろう。華麗な調度品や装飾品がずらりと並び、豪華な料理や催し物が毎日のように楽しめる、文字通り「地上の楽園」ともいえる場所だったが――――そこにいる人々は、その楽園の豊かさを少しでも多く自分のものにしようと、水面下では地獄という表現すらも生ぬるい政治闘争があった。
一方で、ロザリンデがいた中央神殿では、神官たちの生活は教条主義によって徹底的に縛られ、神殿が本来なすべきことを見失っていた。人々の秩序と道徳を守り、心を律するのはいいが、今の神殿はもはや律することだけが目的となってしまい、何のために行っているかを忘れてしまっている。
二人には、内側から王国を理想の国家に改善していくという選択肢もあったかもしれない。
だが、彼らはそこまで王国への愛着心が持てなかった。こういった仕事は、やる気のある物に任せるのが一番だろう。
「アーシェラ、聞いてくれ。グラントさんから、ロザリンデが出した手紙の返事が来た。どうやらあの人も、王国が今のままじゃ拙いというのはわかっていたみたいだな」
「なんだ、もう返事が来たんだ。あの人のことだから、もう少し悩むかと思っていたけど、ボイヤールさんが何か言ったのかな?」
リーズと一緒に薬草畑の世話をしているアーシェラのところに、ロザリンデを連れたエノーが、手紙を片手にやってきた。
リシャールを撃退した後の話し合いで、ロザリンデはアーシェラから貰った「精霊の手紙」で、グラントに王国への決別と、それとなく別の意図も含めた内容の手紙を送っていたのだが、その返事がつい先ほどエノーの手元に届いたのだった。
手紙の内容に一枚噛んでいたアーシェラは、王国への忠誠心が厚いグラントならこの手紙の意図に乗るかどうかは半々くらいだと考えており、そうでなくても決断するまで数日はかかるだろうと見込んでいた。なので、グラントがこれほど早く決断して手紙を送り返してくるとは思っていなかった。
グラントも、彼なりに王国の未来を憂いていたのかもしれない。
「そっかぁ、グラントもリーズたちの味方に付いてくれるんだね。よかったぁ!」
「あの人のことですから、リーズには嘘はつかないでしょう。もちろん、うそをついているのであれば、それ相応の対策はしますが。ともあれ、これでリーズもアーシェラさんも、しばらくは余計なことを考えずにいらると思います」
まだすべてが解決したわけではないが…………それでも、リーズたちの仲を邪魔しようとする脅威はこれで大幅に減ることになる。冬に旧街道を越えてでもちょっかいを出そうとする人間でもいない限り、当分は安泰とみてよい。
「そんなわけで、こうしてグラントさんからの返事も来たことだし、予定通り俺たちは明日にでも山向こうに帰るよ」
「もう帰っちゃうの? エノーもロザリンデも、もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々ですが、私たちにはこれからやらなければならないことがありますし、雪が降る前には旧街道を越えてしまわなければいけません。その代わり、手紙もマメに書きますので」
エノーたちは、この村に滞在するのはグラントの返事が来るか、最長でも10日と決めていた。ロザリンデが言う通り、二人はこの後リーズがかつてしたように、二軍メンバーの仲間たちへの謝罪行脚に赴かなければならないし、出発が遅れると山越えが厳しくなってしまう。
そうでなくても、二人はこの村に客人として居候している身だ。居心地のいい子の楽園にずっといたい気持ちもあるが、長くいすぎるとリーズのように山向こうに帰る気がなくなってしまいかねない。
久しぶりに会えた親しい仲間がすぐに帰ってしまうのを寂しく思うリーズだったが、彼らは仕事を終えたらまた戻ってくる。無理に引き留めることはできない。
「じゃあ明日の出発に備えて、必要な物資は僕とリーズで用意しておくよ。二人はきょう一日ゆっくり休んでいてよ」
「何から何まですまないな。デギムスさんには、俺たちが戻ってくるまでに家を建ててほしいとお願いしておいた。すべてが終わったら……俺とロザリンデも、ここを住処にさせてもらおう」
そう言って、明日の出発の準備の話をするエノーとアーシェラ。
かつては同じ冒険者パーティーの仲間として、そしてなにより親友として、気兼ねなく話すことができた二人だったが…………今はもう、見えない壁のような何かがあるように、物事が大人の対応で済んでしまう。
それは少し寂しいことだったが、それだけ彼らが大人になった証なのかもしれない。
「ふふっ、それにしてもお二人は…………そうやって寄り添っているのが、すごくしっくりきますね。結婚を決めたのがつい最近だなんて、とても思えません」
「えっへへ~♪ そうでしょそうでしょ! リーズたちは出会った頃から家族同然だったから! ね、シェラっ!」
「う、うん……それもそうだけど、今まで僕はリーズのお母さんみたいなものだったから。「夫」になれて、すごくうれしいよ」
薬草畑で、二人でせっせと作物の世話に励む二人は、ロザリンデでなくても本当に所帯じみた雰囲気があり、長年連れ添った夫婦のようにすら見える。
ただ、ロザリンデの言葉に嬉しくなり、テンションが上がったリーズがアーシェラにぎゅっと抱き着くのを見ていると、新婚夫婦特有の燃え盛る愛情も感じられる。
世界中を見渡しても、これ以上「結ばれるのが運命」と言える組み合わせはそうそうないのではないか。かつて、この二人の間に割って入ろうとしたロザリンデとエノーは、改めて自分たちが相手したものの強大さを知ったような気がした。
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