哀しきあの日

 2年前――――魔神王を討伐し、ギンヌンガガプを瓦礫の山に変えたリーズは、パーティーメンバたちの先頭に立って、残る仲間たちが待つ前線陣地に堂々と帰還した。

 リーズの少し後ろを歩くのは『黒騎士』エノー、『戦術士』グラント、『聖女』ロザリンデ、『大魔道』ボイヤールの4人。彼らもまた、リーズに負けず劣らずの精鋭たちで、彼らの名前も勇者リーズに次いで世間に知れ渡っている。


「ようやく終わったなぁリーズ。これで世界は平和になるだろ」

「この激戦にもかかわらず、死者は一人もいませんでした。喜ばしい限りです」

「そうですね、わたくしがこうして無事に立っているのも、皆さんのおかげです」


 エノーとグラントが、やり切った笑顔で勇者リーズと健闘をたたえ合う。

 特にエノーとはパーティー発足時からの長い付き合いだ。まさかこんな壮大な戦いを勝ち抜くことになるとは、思ってもみなかっただろう。


「これでアーシェラさんが作ってくれた御馳走が、余らないでよかったですね」

「ま、誰かの分が余っても、勇者様が残さず食っちまうんじゃね?」

「あっ、ひどいなボイヤール。わたくしはそこまで食い意地を張ってないですわよっ!」

「リーズさん、口調が若干おかしいですよ」

「むぅ……」


 ロザリンデとボイヤールも、ようやく緊張状態から解き放たれたことで、軽口を言い合う余裕が出来つつある。勇者として丁寧な言葉遣いを心掛けているリーズだったが、油断して素の口調が出そうになっていた。


(そうだ……! 帰ったらシェラのご飯が食べられるんだ! リーズの顔より大きなハンバーグ!!)


 戦いに赴く前に交わしたアーシェラとのやり取りを思い出したリーズは、同時に張り切りすぎてすさまじく空腹になっているのも思い出した。

 もしかしたらアーシェラは、リーズを迎えるために仲間と共に人知の入り口で待っていてくれているかもしれない。そう思うと、リーズの脚は自然に動きが早くなり、やがて我慢ならず駆け出した。


「お腹空いたっ! リーズが一番乗りするんだっ!」

「ちょっリーズ――じゃなくて勇者様っ! いきなり走るなってば!」

「お、おおう……魔神王を倒した後なのに、なんでまだあんな力が残っているんだ!」

「全く仕方ありませんね。ですがそんなところが可愛いんですよね」

「じゃあ私はワープして帰るか」


 駆け出したリーズの後を追うように、後ろの3人も駆けだした(大魔道のみ勝手にワープで帰還)。

 そして、それにつられてさらに後ろにいる1軍メンバーたちも、必死になって駆けだした。


 だが、陣営の入り口で勇者たちを待っていたのは、アーシェラ達2軍メンバーではなく――――


『お帰りなさいませ、勇者様!!』

「え……?」


 絢爛豪華な礼服を着て、ずらっと並んだ……王国の大臣と貴族たちが待っていた。

 駆けつけてきたリーズの脚が縺れるように止まり、全身の喜びが一気に抜けていくような重い倦怠感に襲われた。リーズの目には、この豪勢な出迎えが歓迎ではなく……自分を動物用の檻に入れようとしているかのように見えた。

 だが、勇者たるリーズはここで嫌な顔はできなかった。彼らはいわばスポンサー。王国の尽力がなければ、リーズは魔神王を討伐できなかったのだから、無碍に扱うわけにはいかない。


「お出迎え、ありがとうございます……」

「うむうむ! よくぞやった勇者リーズよ。国王陛下は魔神王討伐の知らせにお喜びにあらせられる。それに、『黒騎士』、『戦術士』、『聖女』、『大魔道』、皆もよくやってくれた!」

『勇者様万歳! 王国万歳!』


 大臣に貴族といった王国の選良たちに讃えられたリーズとそのパーティーメンバーたち。

 彼らはこの待遇に大いに喜び、感動さえ覚えていたが、肝心のリーズは複雑な気持ちだった。


(何なのこの人たち。戦わないでずっと王都にいたのに、全部終わって安全になってからしゃしゃり出てくるなんて…………)


 一応リーズも、彼らの立場が分からないでもない。普段戦わない王国の大臣たちが前線に出る必要はないし、むしろ足手まといだ。だからこそ資金や物資面で援助してくれたのだが、実際に援助を行ったのは王国政府であり、正直彼らはほとんど見ているだけだった。

 それだけならまだいい。彼らはまるで戦友になったかのように(下心丸出しで)リーズに握手を求め、そのあとの戦勝の宴会でも、ちゃっかり2軍メンバーたちが据わるはずだった席に居座り、料理を食い散らかし始めたのだ。


「こいつら……何様だ? 貴族様とはいえ、もう少し遠慮を知っているかと思ったんだがな」


 リーズの隣で、エノーがボソッと悪態をついた。

 ロザリンデはわざわざほかのメンバーに酌をして回り、グラントは王都から駆けつけてきた妻と景気よく飲み交わしている。ひねくれ者のボイヤールはいつの間にかどこかへ消えてしまったようだ。

 いてもたってもいられなくなったリーズは、適当な理由をつけて宴会場の天幕を後にすると、ほとんど撤去が終わった中でまだ残っていた仮設の食堂に足を運んだ。


「みんな、遅くなってごめん! リーズ、ただいま帰りました!」

『!!』


 案の定――――そこには、宴会場から締め出された2軍メンバーたちが、どこかヤケクソな雰囲気で飲み食いしていた。リーズは彼らにもお礼を言いたかった。そして、彼らとも一緒に勝利を祝いたかったのだ。

 リーズはもうこちらに顔を出さないものとあきらめていた2軍メンバーたちは、突然現れたリーズの姿に驚いたが、不満を言うことなく受け入れてくれた。


「おめでとう勇者様! 私たちも一緒に戦えて光栄でした!」

「リーズ様と戦えたことは、子孫代々まで語り継ぐぜ!」

「私たちこそ、あまり役に立てなくてごめんね。でも、これからも力になれたら嬉しいな」


 今でこそ2軍などと言われているメンバーたちだが、リーズは彼らの活躍を忘れたことはない。一人一人と握手を交わし、今までの活躍をたたえ合った。

 ところが―――――肝心の「一人」が見当たらない。


「ねぇ……シェラは? おーい、シェラっ! まだ厨房にいるの? 帰ってきたよーっ」


 アーシェラの姿を探すリーズ。食堂にいたメンバーたちは、お互い気まずそうに顔を見合わせた。

 「お前が言えよ」「いや、あなたが」「そうぞどうぞ」などとただならぬ言葉がぼそぼそと飛び交った。そして、その中の一人…………錬金術師のクラートが、メンバーたちを代表して事実を告げた。


「勇者様。アーシェラさんは…………大臣に命じられ、王国各地に勇者様が魔神王討伐したと通達するよう申し伝えられておりまして、その…………もうこの場には…………」

「…………そう、なんだ」


 リーズの拳が、その場でギュッと握られた。

 彼女はここで弱みを見せるわけにはいかなかったが、リーズがアーシェラに特別な気持ちを持っていることは、この場の誰もが知っている。

 歴史的な喜ばしきこの日に、なぜ彼らはここまで惨めな思いをしなければならないのか。リーズは悲しさのあまり、思わずその場で泣きじゃくりそうになった。


(シェラ……先に王都で待ってて。全部終わったら、会いに行くから)


 どうやらまだ終わっていないことがいっぱいあると悟ったリーズは、無理やり笑顔を作り直し、改めて2軍メンバーたちにお礼を言って、簡易食堂を後にした。

 そして、宴会場になっている天幕に戻ると――――ちょうど貴族の数人が、巨大なハンバーグを勝手に切り分けているのを目にした。

 

 この日を境に、リーズの過ごす日々から徐々に色が消えていった。

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