一方その頃

 話は、リーズがアーシェラの家に滞在し始めて6日目あたりにまでさかのぼる。


 アーシェラの村からはるか遠く離れた王都アディノポリス――――王宮内の一角にある執務室で、栗色の髪とカイゼル髭を生やした壮年の男性が、一枚の羊皮紙を手に取って、穴が開くのではないかと思うほど食い入るように見つめていた。

 手紙に書いてある内容はさほど多くはなかったが、逆にそのせいで大きく困惑する羽目になっている。


「ツケが回ってきたか…………ちっ『戦術士』の名が廃るな」


 男の名はグラント。

 リーズと並ぶ勇者パーティー最前線の一人で『戦術士』の異名を持つ魔技師である。

 ナイスミドルという表現がぴったりくる、髭の似合う偉丈夫な紳士で、パーティーの参謀役としてその頭脳を重宝された。

 さらに、魔神王討伐戦では手製の魔道鋼鉄で増設した四本のロボットアームで猛烈な勢いでアイテムをばら撒き、即席の鋼鉄人形で敵の攻撃を逸らすなど、文字通り八面六臂の大活躍をした、パーティー1の芸達者でもある。


 そんな彼は、その高度な頭脳と政治能力を買われ、王国の内政の一端を担っており、いずれは宰相になるのではないかとも目されているのだが――――その前途は、どうやら順調そうではなさそうだ。


 現在彼は、大きな問題に直面している。

 1年前に旅に出て、王国以外の各地を巡っていた勇者リーズが、18日前に行方が分からなくなったのだ。

 彼女は3日に一度、王国に現在の居場所を知らせる術力波を送ってくることで無事を知らせていたのだが、その術力波が来なくなってしまった。

 王宮では混乱を避けるためにごく一部にしか情報が共有されていないが、このまま行方不明が続けばことが明るみになるのは時間の問題だ。


 捜索の責任者になってしまったグラントは、密かに部下を各地に派遣して調査を進めているものの、他国は情報提供に否定的で、未だに足取りすらつかめていない。

 そんな最中に来たのが今回の手紙だった。


「グラントさん、いますか」

「お忙しいところ失礼します」


 執務室のドアが四回ノックされ、外から若い男女の声が聞こえた。


「来ると思っていた。入り給え」


 グラントが入室を促すと、黒い鎧を着たイケメンの騎士と、白いローブで身を包む清楚な女神官が現れた。彼らもまたグラントと同じく勇者パーティーの最前線、リーズと共に肩を並べたメンバーである。

 若い男は『黒騎士』エノー。リーズがパーティーを立ち上げた時からの古株の一人で、槍をとっては天下に並ぶものなしと謳われる最強の騎士である。

 もう一人の美しき女性は『聖女』ロザリンデ。神の啓示を受けてリーズを勇者に指名したその人であり、彼女が通るだけで周囲の傷病者はたちどころ癒えると噂される聖女だ。


「来ると思ったということは、やはり…………」

「そうだ。私のところにこれがきた」


 3人は、周囲に余計な人がいないことを確認すると、グラントが先ほどまで見ていた手紙を広げて見せた。


『グラント・ヘルムホルツ殿

 その後王国ではいかがお過ごしでしょうか? 私は貧乏ながらも晴耕雨読の日々を送っています。

 勇者様の行方を案じている頃かと思われますが、ご安心ください。勇者様はすこぶる元気です。こちらへの滞在が飽きたら、そちらに戻ると思われますので、親愛なる国王陛下にもそうお伝えください。

 

 アーシェラ・グランゼリウスより            1/3 』


「……これほど短い文の中に、よくもまあたくさん辛辣な意思を詰め込んでいますね」

「正直なところ、面と向かって皮肉をダース単位でぶつけられた方がましだった」


 知らない人が見れば、なんてことない簡単な連絡の手紙だが…………ここ数年音信不通のアーシェラから手紙が来たというだけでも驚きなのに、深読みすればするほどドツボにはまっていく内容と、手紙の右下に意味深に添えられた数字が、グラントを大きく揺さぶる。


「そして、お前たちが来たということは…………届いたんだろう、手紙が」

「これです。朝見たら俺の机の上にありました」


 エノーは懐から同じ大きさの羊皮紙を取り出して、机の上に広げて見せた。


『エノーへ

 久しぶり、元気だった? アーシェラだよ。

 かつて仲間だった君のことがふと気になって、こうして手紙を送ったんだけど、まだ僕のことを覚えているかな。王都での生活は目が回るほど忙しいって聞いたけど、毎日食事と睡眠をしっかりとって、体を壊さないようにね。僕の方は昔と変わらず、マイペースに過ごしているよ。

 君は昔「王国一の騎士になりたい」と常々語っていたよね。その夢が叶ったと聞いて僕はとてもうれしく思う。僕はただ応援することしかできなかったけれど、君の描いた騎士道物語のほんの1ページでも手伝うことができたのなら、とても光栄だ。

 今はアロンシャムの町に住むロジオンも、この前会った時は商売繁盛で恙無く暮らしていた。別々の道を進んでいる僕たちだけど、いつかまた昔の仲間で集まって、自慢話に花を咲かせようじゃないか。

 会える日を楽しみにしているよ。


 アーシェラ・グランゼリウスより           2/3 



 追記:できればツィーテンにあげる聖花をロザリンデからもらってきて    』



「どう思う、グラントさん」

「これほど読んでいて背筋が凍る文章もそうそうないな」


 エノーとグラントは、そろって首を力なく振った。


「私もはじめはなんてことない手紙だと思いましたが……アーシェラさん、まだ怒ってますね」


 ロザリンデも、初めのうちは懐かしい旧友からの手紙だと思っていた。ところが、手紙の右下にある数字を目にしたとたん、嫌な予感が全身を駆け巡ったのだった。


「とりあえず、すぐにこのパズルを解き始めるとしよう。そう難しい問題ではないとは思うが、急がねば厄介なことになる」


 ペンは剣よりも強しということわざがある。

 3人は今日ほどその言葉の意味を痛感したことはなかった。




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作者注:この先しばらく、糖度が一気に下がります。ご了承ください。

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