戦術士の回想
『戦術士』グラントが初めてアーシェラと出会った時、彼はアーシェラをパーティー専属の料理人だと思っていた。
長年大勢の人と顔を合わせてきたグラントは、一目見ただけでその個人が持つ能力を正確に見抜く力を持っており、メンバーの中でも一際能力が低く見えたアーシェラがパーティーに貢献できるのは、それくらいだとみなしていたのだ。
簡易調理場で鍋をかき混ぜるアーシェラに、グラントはこう言い放った。
「君は、コネでこのパーティーのメンバーになったのかね」―――――と。
それに対してアーシェラは…………
「似たようなものです」―――――とだけ答えた。
この反応はグラントにとって完全に予想外だった。てっきり彼は、アーシェラが顔を真っ赤にして怒り狂うかと思っていた。そして余裕の表情で「貴公の器はその程度か」といってやるつもりでいた。
アーシェラがパーティー初期メンバーの一人だということはあらかじめ知っており、グラントはこの際だから初期からいる弱いメンバーを体よく追い出そうとしていたのである。やり方はきついが、この程度の応酬は貴族世界では日常茶飯事だし、此処から先の戦いには足手まといは連れていけない。
(まあ、料理要員くらいはいても問題ないか)
自分を相手に怖気付かなかった彼の胆力を評価したグラントは、アーシェラをそのままにするかと思いながら調理場を後にしようとした。
ところが、調理場を出ると、出撃から戻ったばかりの勇者様がこちらに向かって走ってくるのが見えた。グラントはてっきり勇者リーズが自分に用があるのではと思い――――
「勇者様、いかがなされまし…………た?」
声をかけるも、リーズはグラントの横を素通りした。
「シェラっ! ただいまーっ! お腹空いたっ!」
「こらこらリーズ。火を使っているときに抱き着いちゃ危ないでしょ」
「えっへへぇ~! いい匂いがしたから我慢できずに駆け付けたのっ♪ 今日はシチュー?」
「ご名答っ! リーズだけ特別に味を濃くしてあげたから、残さず食べるんだよ」
「おかわりは?」
「3杯までは大丈夫。それ以上欲しかったら僕のを分けてあげるよ」
「じゃあ……3杯までは絶対食べる♪」
この一連の会話を入口で耳をそばだてて聞いていたグラントは、衝撃の余り腰が抜けそうになった。
自分はいったいどうすべきか? 勇者様に「一個人を贔屓してはならない」と進言する? アーシェラに「勇者様を誑かすな」と恫喝する? っていうか「シェラ」なんて愛称で呼ぶほどの仲を引き裂けるか? あばばばばばばば?
次の日グラントは、一日体調を崩し、聖女ロザリンデが戻ってくるまで起き上がれなかった。
(排除するしかないのか…………?)
「戦術士」である彼は、この先で起こりうる不確定要素をできる限り取り除いておきたかった。それにはまず、相手のことをもっとよく知る必要がある。
1軍メンバーたちは殆ど彼のことを知らなかったが、かつて戦友だったエノーがアーシェラのことを詳しく教えてくれた。そして……グラントは改めて絶句した。
「まさかパーティーの財布まで握られているとは……!」
恐ろしいことにアーシェラは、1軍メンバーが2軍たちに雑用を押し付けていたことを逆手に取り、裏方部分の大半の権限をその手中に収めていたのだ。アーシェラが支えてくれているおかげで、グラントをはじめとする1軍メンバーたちは戦いに勝つこと以外考えなくて済んでおり、その状況にすっかり慣れてしまっていたのだ。
会計帳簿は、今まで見たこともない複雑な方式になっていて、鐚1文たりとも横領が不可能。さらには流通まで把握しきっており、何か不正なことがあったらたちまちリーズやエノーに知らされる。
これに加えて勇者様との個人的な太いパイプを持っているわけで…………彼をパーティーから外したら根本的な部分から立ち行かなくなることは明白だった。
このころからグラントは、何となくアーシェラに苦手意識を持つようになった。
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