アーシェラの本性

 魔神王が討伐され、勇者リーズは王国に迎え入れられ、一躍時の人となった。

 だがその際に、2軍メンバーたちは「功績不足」により表彰しないと聞いたときは、さすがのグラントも慌て、国王陛下に考え直すよう進言した。


「功績不足とは言え、彼らも少なからず魔神王討伐の力になりました! それに報いないとなれば、門の外にいるメンバーは最悪王都になだれ込んで暴動をおこします!」


 グラントの訴えは退けられた。

 勇者様に伝えようにも、彼女は数か月先まで多忙でそれどころではない。ほかの1軍メンバーに至っては「奴らが歯向かってきたらすぐに返り討ちにしてやる」と口にする始末。


(馬鹿な……! なぜこんなことが罷り通る! 邪教集団が急激に勢力を伸ばした理由を忘れたのか!)


 奇しくも彼が懸念していたことは、まさにアーシェラが懸念していたことと同じであった。

 日々続く式典の最中も、グラントはいつ王都の門が怒り狂った2軍メンバーにぶち破られるか、気が気ではなかった。


 が、そんな彼の心配を嘲笑うかのように、半年経過して一連の式典が一段落した頃になっても、かつてのメンバーが反乱を起こしたという話は入ってこなかった。その代わり、王国以外の国々からは連日のように王国に忠誠を誓う親書と、領土復興のための援助要請が舞い込んできた。


「平和なのはいいことだが、だからと言って無制限に援助はできんな。やれやれ……」


 王国と、それ以外の国々との仲は元々良くも悪くもないあいまいな関係であった。

 それが今回の魔神王復活騒ぎで甚大なダメージを受け、その復興にほとんど無傷の王国の力を欲しているのだろう。丁寧な親書に目を通していくと、まるで大勢の人間が自分の靴を舐めているような気がして、とても心地よいものだったが…………ある日グラントは、徐々に何らかの違和感を覚え始めた。

 その違和感に気が付いたのは、たまたまリーズがグラントの部屋によって、送られてきた親書に目を通した時だった。


「あ、この親書はベリスが送ってきたのですか。ベリスはあの国の外交官になったのですね。すごい大出世でわたくしまで嬉しくなります。こちらはマリーからですね。彼女は一気に将軍になりましたか。貴族になりたいという夢が叶ったのですね」


 勇者リーズは、2軍メンバー全員の名前をいまだに憶えていた。そして、送られてきた親書の大半は…………かつての2軍メンバーの名前が記されていたのだ。グラントは急にめまいを引き起こし、倒れこそしなかったものの、この日からしばらく慢性的な胃痛に悩まされた。


(王都の門が破られるだとか……そんな心配をしていた私が愚かだった!!)


 王国が切り捨てた元パーティーメンバーたちは、知らないうちに王国外の国々に取り入り、国を左右できるほどの地位を手に入れていたのだ。しかもこれらは恐らく氷山の一角であり、今頃は王国以外の国々が強固な横のつながりを築き上げているはずだ。

 そして、このような芸当が出来そうな人物の心当たりは、一人しかいない。


「奴は第二の魔神王かっ!?」


 思わずそう悪態をつきたくなるほど、グラントはアーシェラの無情なやり口に恐怖した。

 耳障りのいい言葉がつらつらと書かれた親書と、それに付随して押し寄せる援助要請という名の集り。

 体面ばかりを気にする王国にとって、善意に偽装されたこの攻撃はボディーブローのようにじわりじわりと効いていくだろう。

 何しろ王国は、他国とは違い今回の戦乱で全くと言っていいほど被害を受けず、勇者パーティーに援助した分の資金や物資も戦乱終了後に根こそぎ引き上げてしまい、実質プラスマイナスゼロ。これに加えて臣従を申し出てきた国々の復興支援を蹴ってしまえば、王国の威信は地に墜ちる。


「アーシェラ…………彼は怒っているのか? 一人の怒りのせいで、この国が亡びるのか?」


 一度は無能と切って捨てた人間の見えない影におびえる日々が来るとは思わなかった。

 このままでは最悪数十年以内に王国以外の国々が一つの国としてまとまり、戦争が起きることなく世界が真っ二つに割れる。王国がそのことに気が付いたときにはもう手遅れで、いずれは自分たちの子孫が彼らの靴を舐める立場になる。

 そのことに気が付いたグラントは、エノーとロザリンデに相談し、打開策を話し合った。大魔道ボイヤールに助力を得られれば一番いいのだが、彼は式典に1日出ただけで「研究に戻る」と書置きを残して自宅に引きこもってしまった。

 そして出した結論が―――――


「陛下、勇者様が王国外各国を訪問し、復興の激励を行いたいと申し出ております。許可を」


 リーズがたった一人で王国外各国を訪ね、各地のかつての仲間たちの労をねぎらうというものだった。

 当然、この案はほぼ全員に猛反対されたが、此処でロザリンデが根気よく彼らを説得した。


「たった1年でよいのです。勇者様がちょっと顔を出すだけで、彼らは感激して王国にさらなる忠誠を誓い、同時に今まで届いていた細々とした援助要請もなくなります。大局的な利益は計り知れません」


 こうして結局国王は渋々許可を出し、1年という期間と、リストに載っているメンバーを全員訪ねたら帰ってくることをリーズに約束させた。

 居場所がわからないアーシェラの名前はリストにはなかったが、どこかで勝手に出会ってくるだろうことは計算済みだ。

 リーズは真面目なので、約束を破って戻ってこないということはないだろう。そう信じて送り出したはいいのだが―――――まさかアーシェラとのスローライフにドハマリしてイチャイチャラブラブな生活を送っているとは、なんとも愉快な話である。




 で、そんな状況でグラントのところに意味深な手紙が来るものだから、彼は気が気ではない。


「とにかく確実に言えるのは……勇者様はアーシェラのところにいる。篭絡したのか、監禁しているのかは定かではないが…………」

「さすがにそんなひどいことはしない……はず。とにかく、なんとしてでも居場所を割り出しましょう」


 果たして、アーシェラの手紙に込められた真意とは……?

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