歓迎と外交

 エノーとブロスの制止も聞かず、勝手に先走ったあげく、防衛用の罠に引っかかったリシャールは、その後もブロス相手に剣を抜こうとしたためロザリンデに咎められ、武器を没収された。

 一応、公平性の観点から、エノーからも武器を没収したが、彼にとってはここまではほぼ既定路線であり、渋るリシャールと違ってあっさりと手渡した。


 村に案内されるまでの間、ぐうの音も出ない恥をさらした上に武器まで没収されたリシャールは、怒りと悔しさで歯を食いしばり、拳を固く握っていた。


「何度も言いますが、みっともない真似は慎んでくださいね。勇者様は、第2王子様のような見境のない人は嫌いなのですから」

「ははは、そういえば今のお前の顔、あの嫌らしい第2王子そっくりだ。ほら、いつも通りクールにいこうぜ」

「…………わかってる!」


 こんなところで暴発してもらっても困るが、今までの仕返しとして、二人はここぞとばかりにリシャールを煽った。

 彼は何とかその場で怒りを爆発させるのをこらえているが、内心は膨大な恨みでいっぱいだった。


(いちいちうるさい奴らだ。エノー、貴様は王国に帰ったら公爵家の力で全てを取り上げてやる。そしてロザリンデは、二度と逆らわない様たっぷり「教育」してやる!)


 が、いくら彼がエノーとロザリンデを恨んでも、二人はリシャールをここで切り捨てるつもりなので、全く意に介さなかった。

 むしろ、村の門が近づいてくると、得も言われぬプレッシャーが漂ってきたので、次第にリシャールを煽る余裕すらなくなってくる。それはまるで、かつて魔人王と邪教集団の根拠地であるギンヌンガガプを前にした威圧感と似ていた。

 あの時は、リーズが先頭に立ってくれていたおかげで、エノーもロザリンデも「勝てる」という確信が持てた。そのリーズは……今や向こう側にいて、名目上は敵対している。

 リーズを敵に回すというのもいやなものだが、アーシェラを敵に回すと、何をしてくるかわからない恐ろしさがある。


 意を決して、村の質素な門をくぐったエノーたちは、すぐにアーシェラとリーズ、それと二人を守るように村人たちが出迎えられた。

 誰もかれもが、世界の片隅にある小さな村の住人とは思えないほど立派に着飾っていたが、それ以上にエノーを驚かせたのが、かつて身近なところで共に戦っていたアーシェラの格好だった。


(アーシェラ……しばらく見ないうちに随分と立派になったじゃないか。俺なんか、進歩どころか堕落すらしていたというのに。やっぱりリーズの隣が似合うのは、お前しかいなかったんだな)


 藍色と白色を中心とした重厚なローブに身を包み、普段は結っている後ろ髪を解き、手には先端に女神の姿が彫られた術仗を手にしているアーシェラ。

 どこで仕立てかはわからないが、彼に足りなかった威厳を醸し出しており、だれがどう見ても、立派な指導者に映るだろう。

 正直なところ、今までエノーがアーシェラのイメージと言えば、三角巾をしながら家事や雑用をしているところばかり思い浮かんでいたのだが――――今この瞬間、そのイメージは音もなく崩れ去った。無意識に見下していた親友は、しばらく会わないうちに、自分のはるか先を歩いていたのだ。


(そしてリーズも、王国にいた時とはまるで別人のようだ。あの頃のリーズが戻ってきて、そこからさらにいい顔になった)


 そして、約1年ほど会っていなかったリーズも、鈍った輝きを取り戻した宝石のように、非常に生き生きとして見えた。リーズはエノーたちに見せつけるかのように、しっかりとアーシェラの手を握っていた。


「お久しぶりです皆さん。遠く不便な道のりを、わざわざ足を運んでくださり恐縮です」

「……ええ、アーシェラさん、お久しぶりです。会えて嬉しく思います」


 エノーがそのようなことを考えている間に、まずはロザリンデがアーシェラと挨拶を交わした。

 かつては志を同じくする仲間だというのに、アーシェラの言葉はどこかよそよそしい。対するロザリンデも、一時期は惚れたこともある相手だというのに、声のトーンは控えめだった。


「よう、アーシェラ。久々に会えて嬉しいぜ。いいところに住んでるじゃないか」

「やあエノー。手紙、読んでくれたみたいだね」


 一方でエノーは、あえて久々に会った友人としてアーシェラに接した。

 これはこれでエノーなりの強がりなのだが、やはりどこか壁があるように感じる。アーシェラにとって、たとえかつての親友だった相手だとしても、リーズに少しでも危害を加える相手は敵なのだろう。

 わざと敵のように振舞っていて、冷たくされるだろうことは予想していたが、実際に会うとなかなか心に来るものがある。


 アーシェラの手紙を受け取ってからここまで、随分と長い道のりを歩いたような気がした。

 ついこの前までは、帰ってこないリーズの心配ばかりしていたが、今となっては失墜した自分たちの信用を取り戻せるかどうかに全てが懸かっている。

 そんな中、もう一人の付き添いは――――


「リーズ! 無事だったようだな! 俺だ、リシャールだ! 遥々こんな辺鄙な村まで迎えに来たぞ! さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで! 一緒に帰ろう! そして、愛を確かめ合おう!」

「あらあら、どなたかはご存じありませんが、この村で勝手な真似をされては困りますわ」

「リーズに危害を加えようとするなら、全力で阻止させてもらう」

「おっと、こんな吹けば飛ぶような村にも、なかなか見事なお嬢さんがいるとはね。リーズに嫉妬しているのかい? よかったら君たちも王国に連れて行ってあげよう。リーズと一緒にいられるし、俺の愛も分けてあげられる。素敵な話だと思わ――――」

「リシャール、さっき言ったことをもう忘れたのか?」

「邪魔をするなエノー! リーズとこのお嬢さんたちを、をすぐに抱きしめてやりたいんだ!」


 婚約者を迎えに来たという名目なのに、その名目上の婚約者を前にして、初対面の女性を同時に2名口説き始めるという暴挙に出た。

 とりあえず、このままだとせっかくの手土産が村人にリンチされかねない。

 エノーはリシャールの首根っこをつかんで、無理やり止めた。

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