ギスギスメモリアル

 リーズの無事な姿を見て安堵した昨日の夜から一転して、この日のエノーとロザリンデは、朝からギスギスと神経質な雰囲気を漂わせていた。その原因はもちろん、もう一人の同行者リシャールにある。


「ここまで我慢してきたんだ! 俺が先に行く! お前らは黙って俺の後をついてくればいいんだ!」

「お前……出発前の約束をもう忘れたのか? 訪問団の代表はこの俺だ。いくら公子サマと言えども、命令には従ってもらう」

「それ以前に、そのような攻撃的な態度で勇者様を迎えに行く気ですか? 足を引っ張るおつもりでしたら、今すぐに引き返していただきますから」

「エノー……っ! 何だってお前は俺の言うことにいちいちケチをつける? それにロザリンデも、エノーの肩ばかり持ちやがって!」

「ケチをつけるも何も、アーシェラから手紙を受け取ったのは俺だ。向こうは俺を指名しているのに、お前が先頭を切ったら意味ないだろ」

「私はあくまで勇者様を穏便に説得したいのです。いつも上から目線の交渉ばかりしていては、纏まるものもまとまりません」


 村に向かう前に、3人はこのように誰が先頭を行くかで大いにもめていた。

 そもそもエノーは「自分が代表としてリーズを迎えに行く。代表の指示から絶対に逸脱するな」という条件で、リシャールの同行を許可していたのだが、リシャールはホイホイ安請け合いした約束を平気で破ろうとしている。


(約束を律義に守るような男じゃないことは、分かっちゃいたが…………)

(なぜ世の女性たちが、この男に靡くのか、不思議でなりませんね)


 勇者リーズを強く慕い、前のめりになる気持ちは分からないでもない。リシャール以外の男性であっても、行方不明だった勇者リーズを迎えに行けるならば、逸る気持ちを押さえられないということもあるだろう。

 ところがこの男は、リーズが既に自分の『所有物モノ』だと思い込んでいるうえに、道中で街中の女性を侍らすわ、ロザリンデにちょっかいを出そうとするわ、と正気の沙汰とは思えない。

 リシャールをアーシェラに会わせた際、アーシェラがどのようにリシャールを叩き伏せるかは定かではないが、出来れば便乗して止めを刺しに行きたい。そんなことを考えながら、エノーとロザリンデはお互いに顔を見合わせてため息をついた。



 結局その後は、ごねるリシャールを無理やり抑え、二人は街道の轍に沿って馬を走らせた。

 ギスギスした雰囲気はさらに加速して殺気すら漂ってくるほどであり、もし通行人がいたならば、慌てて道を譲ることだろう。もっとも、彼らが進む道にはいまだに人の姿が1人として見えなかったが……


「くっそ、本当に何もないところじゃないか…………本当にこんなところにリーズがいるのか?」

「今更まだ疑ってんのか? いやなら帰ってもいいんだぞ」

「愚問だね。僕はリーズに会うためなら、世界のどこにでも駆けつけるさ!」

「だったら余計な口をきくなよ」

「まあいいや。もうすぐリーズは俺のモノになるんだから、少しは我慢してやらなきゃね。誘拐されたリーズをさっそうと助け出す俺……彼女は俺に抱き着いて、熱い口付けを交わして、それから…………」

「…………おいリシャール、前を見ろ。誰かいるぞ」

「あら、こんなところまで。お迎えの方でしょうか」


 リシャールの言葉にいい加減げんなりし始めてきた二人だが、丁度いいところに前方に人影を見つけた。

 アーシェラから、3人を迎えに行ってほしいと頼まれた、ブロスとユリシーヌの夫妻である。彼らの姿を見つけて、エノーとロザリンデは心の中で「助かった!」と喝采を上げ、思わずガッツポーズをしそうになった。


(人だ! 久々のリシャール以外の人間だ!)

(油断はできませんが…………嬉しいですね)


 二人の本音で、どれだけリシャールに対してストレスを溜めていたかわかるだろう。


「ヤァみなさん! ヤアァみなさんっ! この道を行くということは、私たちの村になにか御用ですかな? ヤーッハッハッハ!」


 大声で迎えてくれたブロスと、その背後で、無言でじっとこちらを睨むユリシーヌ。

 ようやく人に会えてホッとしたのもつかの間、二人の隠そうともしない敵対的な気配に、エノーとロザリンデの背筋に冷や汗が一筋流れた。しかし、リシャールはこの物騒な気配を何とも思わないのか、初めから喧嘩腰だった。


「貴様っ! 下賤の民のくせに、この公子リシャールの前に立つか! それとも貴様らが、リーズを拐した張本人か!?」

「公子、いけません。私たちは戦いに来たのではないのです。王国貴族はどこにあろうとも、優雅に余裕を持たなければと、常々ご自身で仰っているではありませんか」

「ぐっ……しかしだなロザリンデ!」

「あなた方が、アーシェラさんの村の人ですか?」

「ヤァ! そうですとも! 私たち夫婦は村長から、あなたたちが来たら村に案内するように言われてるんですよーっ!」

「リーズは……勇者様は村にいるのか?」

「ヤッハッハ! もちろんだとも! 今日もいつも通り、村長の隣にいるよ!」


 どうやらリーズは――――完全に村人たちを味方につけているようだ。その上、この表向き歓迎ムードながらも、招かざる客を迎える様な警戒心を前面に出しているということは、リーズは村から帰らないと意思表示をしているのと同じだ。

 もっとも、そんなことは昨日の夜の話し合いで、とっくにわかっていることだが…………。


(これは…………下手なことすれば何をされるかわからんな)


 エノーにしてみれば、万が一目の前の二人をいっぺんに相手しても負けることはないだろうが、それでも無傷とはいかないだろうし、なによりロザリンデを危険にさらしかねない。

 慎重に事を進めようと心を新たにした―――――というのに、約一名空気を読まない者がいた。


「リーズがいるんだな! ならば話は早い! お前らの案内などなくても、俺一人で迎えに行くぞ!」

「ヤヤヤっ! ちょいと「こーし」さんっ! 勝手に走っていくと危ないよっ!」


(あのバカ、俺より先に行くなと言ったのに)


 エノーは心の中でそう毒づいたが、あえてリシャールを止めずに行かせた。

 迎えに来た二人が、見るからにレンジャーを職業としているのを何とも思わないのだろうか。

 そして案の定、リシャールは草むらに隠されていたトラバサミを乗っている馬に踏ませてしまい…………


「おあーーーっ!?」


 情けない悲鳴を上げて前方に勢いよく投げ出された。

 笑いの神が舞い降りたかのような、芸術すら感じる様式美的な無様さを見て、

エノーとロザリンデはやはり心の中で「ざまみろ」と叫んだ。おそらく、酒の肴にこの光景の話をするだけで、3杯は進むに違いない。


「ヤッハッハ、だーから言ったのに。この辺は私が仕掛けた魔獣対策の罠があるから、うかつに進むと危ないんだよっ」

「みろ言わんこっちゃない。何のための案内人だと思ってるんだか」


 同じような言葉を同時に言ったエノーとブロス。

 ふと顔を見合わせると、やはり同じことを考えていたのか、懐で小さくサムズアップを交わした。


(ふっ……なんだ、なかなか話が分かりそうな奴だな)

(アヤヤ、この騎士さん、案外悪い人じゃないのかもね)


 エノーはこんなところに来て、新しい友達ができそうな予感がした。

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