訪問予告

 リーズが行方不明となり、一時期はとても心配していたロザリンデだったが、リーズの隣にアーシェラがいるのを見て、ようやく心の底で安堵することができた。

 アーシェラを疑うわけではないが、ここまで来てリーズがいなかったらという不安も常にあったので、リーズ本人の姿を見ることができただけでも、苦労してここまで来たかいがあったと思える。


(お久しぶりですね……と、言いたいところですが、私はまだお二人の「敵」でなければ)


 今この時点で「ごめんなさいしに来ました」と言っても、ほぼ信用されないだろう。再会を喜びたい気持ちをぐっと抑え、ロザリンデはあくまで「王国側の人間」という立場に徹することにした。


「勇者様、ダメじゃないですか。定時連絡もせずに、こんなところまで行ってしまって。私たちはとても心配したのですよ。今から迎えに行きますから、一緒に帰りましょう」

「それについては謝るわ。でも、リーズはもう帰らないって決めたの」

「アーシェラさん、これはどういうことです? 話が違うのではありませんか? 迎えの手紙をよこしたのは、あなたではなかったのですか?」

「いや、本当に申し訳ないですね。聖女様たちが来るのが遅かったせいで、事情が変わりました。勝手ながら、リーズはもう王国には返しません」

「…………そうですか」


 ところが、ここで予想外の事が判明した。


(リーズ……アーシェラさんと結ばれたのですね。まさかこの二人が、自力で成し遂げていたなんて……)


 どうやらロザリンデも、そしてエノーも、まだまだリーズとアーシェラのことを見くびっていた様だ。

 アーシェラはかなりストイックな性格だし、リーズも恋愛に関してはかなり奥手のところがある。そんな二人はもともとかなり仲がいいので、下手に今の均衡を崩すよりも、ずっとぬるま湯につかるような関係を続けているに違いない――――付き合いが長いエノーはそう予想しており、ロザリンデも同じ考えを持っていた。

 実際のところ、エノーとロザリンデの予想はは正しかった。だが、リーズもアーシェラは、流れ星の流れる夜空の下でお互いの心の奥を曝け出し、お互いに愛し合うことを誓ったのだ。


 アーシェラと腕を組んでぎゅっと寄り添うリーズの姿は、今までのどんな時よりも幸せそうに見えた。それこそ、魔神王を倒して世界に平和をもたらした瞬間ですらも、今のリーズの表情には遠く及ばないくらい……

 ロザリンデは、そんな二人を見て驚き、一瞬言葉を失ったが、目的を完全に果たすまでは彼らの敵であり続けるほかない。冷酷さを装いながら、ロザリンデは言葉をつづけた。


「ですが、だからと言って素直に帰ることはできません。それに、此処まで来ているのは私だけではないのです。アーシェラさんが手紙で指名したエノーさんと…………リシャール公子も来ております」

「エノーと……リシャールが!? エノーはともかくとして、なんでリシャールが?」

「リシャール公子は、なんとしてでも勇者様を連れて帰ると意気込んでおります。ひょっとしたら、勇者様に好意を抱いているのかもしれませんね」

「!!」


 リシャールが来て、リーズに好意を抱いているというや否や、リーズの瞳に殺気が宿るのを感じた。

 これはひょっとして、アーシェラの意思を固めさせる前に、リーズがリシャールを叩き切ってしまうのではないかと一瞬危惧したロザリンデだったが、その心配が具現化する前に、リーズをかばうように一歩前に出たアーシェラが、その可能性を否定した。


「なるほど、いいでしょう。公子は僕が直接説得してみましょう。彼は頭の良い方ですから、道理を説けばわかってくれるでしょう」

「そこまで言うのでしたら、仕方ありません。明日の昼頃には、私たちはそちらに到着するでしょう。ああ、特に歓迎の準備は必要ありません。くれぐれも逃げることがないよう、お願いしますね」

「来ても無駄よっ! リーズは、もうシェラと愛し合ったんだからっ!」


(これでいい。これで……いいのです)


 本当なら、ロザリンデもエノーも、こんな小細工をせずに堂々とリーズとアーシェラに会いに行って、今までの非礼を詫びつつ、自分たちも仲間に入れてほしいと言いたかった。

 しかし、そのような生温いことをして許されるほど、彼らの罪は軽くない。

 リーズに「来ても無駄」と言われ、アーシェラに冷え切った目線で凝視されるのは、思っていた以上に心に来るものだ。


 ロザリンデはゆっくりと意識を戻し、今いる身体に帰ってきた。


「ふ……ぅっ」

「戻ったか、ロザリンデ。身体は平気か?」

「ええ、少し眩暈がするだけです」

「無理はするな。辛かったら、リシャールが起きるまでは支えてあげようか」

「…………お言葉に甘えます」


 魔力を大量に消耗し、やや疲れたような表情をしたロザリンデを、エノーは真っ先に労わった。


(リーズたちのことを聞く前に、私のことを心配してくれるのですね)


 以前のエノーだったら、ロザリンデの意識が戻れば真っ先にリーズたちのことについてすぐに聞こうとしてきたはずだ。だが、今ではこうしてまずロザリンデのことを心配してくれるのが、彼女にとっては地味にうれしかった。リーズがアーシェラに日ごろ感じていた愛情というのは、恐らくこんな小さなことの積み重ねだったのだろう。

 ロザリンデは、エノーの体に少し凭れ掛かり、体重を預けた。気持ちがかなり楽になったような気がした。


「この先の村で、外出していたリーズとアーシェラさんに会いました。驚くことに、お二人はもう一線を越え、男女の仲になっていました」

「そうか……自力ではそこまでいかないと思ってたが、あいつらも強くなったんだな。迎えに来いと手紙を出してくるくらいだから、そこまで思い切った決断ができないのかと思っていたんだがな」


 二人がアーシェラを見くびっていた最大の理由は、アーシェラが出してきた手紙だ。

 確かにあの手紙の内容は恐ろしいものだったが、同時にアーシェラも自分一人では対処できないと言っているようなものでもあった。

 それなのに、アーシェラは真正面から、リーズを護ると啖呵を切って見せた。きっとリーズと過ごすうちに、彼にもいい変化をもたらしたのだろう。


「少し怖い気もするが、それ以上に会うのが楽しみになってきたな」


 旧友、そして行方不明になっていた勇者との再会は間近に迫っている。

 改めて気合を入れるエノーとロザリンデのすぐ横で、何も知らないリシャールが不機嫌ないびきをかいていた。

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