長い一日の始まり
ロザリンデは、夢を見た気がした。
エノーと出会ってから今まで、来た道の形を振り返るような夢を見た気がした。
懐かしくもあったが、それと同時に自分たちの過ちを辿ったようで、やや悲しい気持ちにもなった。
「明けない夜はないと言いますが、今日ほど夜明けがつらいと思ったことがあったでしょうか……」
ロザリンデはゆっくり上体を起こす。時刻はまだ夜明け前だが、ロザリンデはあと1時間以内に神殿に戻らなければならない。もう少しゆっくりしていきたいところだったが、これから先のことを考えると余計な派風を立てない方が賢明だろう。
まずは着替えなければならない。いま彼女が纏っているのは、白い掛布団だけ。どうやら彼女はベッドの中でほぼ生まれたままの状態で寝ていたようだ。そして、自分の横に目線を落としてみれば、同じく生まれたままの姿で横になっているエノーがいた。
「おはようございます、エノー。ふふふ、良く寝ていますね………‥とても可愛いお顔♪」
ロザリンデとエノーは長い付き合いではあるが、彼の寝顔を見たのはこの日が初めてだ。
黒騎士と呼ばれ、世界中の戦士たちから羨望と尊敬の眼差しを向けられるエノーでも、安らいでいるときはあどけない少年のような顔つきになっている。
「…………大丈夫、です。そう遠くない先で、きっと好きなだけエノーの寝顔を見ることができるようになる……はずです。だから今は……ごめんなさい。いえ、またあとで……」
できることなら、エノーが起きるまでずっとその寝顔を見ていたかったが、タイムリミットは刻一刻と迫っている。普段の就寝時間帯ならまだしも、毎朝神官たちが訪ねてくる時間までに戻らないと、確実にまずいことになる。
気持ちよさそうに寝ているエノーを起こすのが忍びないと感じたロザリンデは、ベッドから出て、急いで着替えを行うことにする。
季節は秋半ば――――――愛する人のぬくもりで温められていたベッドから出たとたん、彼女の白い肌を刺すような寒さが襲う。ロザリンデは一瞬、ベッドに戻りたい衝動に駆られたが、何とか踏みとどまって着替えを始めた。
「行くのか」
「……! エノー、起きたのですか」
ロザリンデが着替え終わろうとした頃、エノーが身動き一つしないまま、彼女を呼び止めた。
「気持ちよさそうな顔で寝ていましたので、起こしては悪いかなと」
「それは……まぁ、気づかいありがとう。ちょっと待ってくれ、俺も着替えて神殿の裏手まで送ろう」
「いいのですかエノー?」
「ああ、今日は恐らく俺にとって一番忙しく長い日になりそうだ。たぶん夜まで君と合えないだろう。だから少しでも、君と一緒にいさせてくれ」
エノーはあまり朝が得意な方ではないが、ロザリンデが自分より先に行ってしまうのが寂しいようだ。
ロザリンデは「着替えはお早めにお願いしますね♪」と言いつつ、エノーが必死になって着替えているのを律義に待った。そして、準備が整い次第、二人は一緒に家を出発した。
東の空がぼんやりと明るくなっているのが見えるが、まだどの家も寝静まっている。こんな時間に道を歩くのは、二人以外いるとすれば泥棒くらいのものだろう。
「ロザリンデ。念のため、君にこれを預けておきたい」
「これは、アーシェラさんの手紙ですね。なぜ私に?」
「俺は第二王子殿下に呼び出されている。その時に、下手に見られては困る」
「確かに…………」
エノーは懐からアーシェラの手紙2通を取り出すと、ロザリンデに預けた。
見られることはまずないとは思われたが、ロザリンデが持っていた方が、エノーが抱えているよりも安全性が高い。
「それと、今日中に聖花の用意をしてくれ。俺の予想が正しければ、アーシェラに会うために必要になるはずだ」
「はい…………。アーシェラさん、今頃怒ってますかね?」
「わからん。案外、突然現れたリーズに振り回されているかもしれんが、こんな手紙を送ってきたということは、まだ話し合いの余地はあるってことだろう」
いつの間にか、エノーとロザリンデの周りからは仲の良い人が消え、随分と敵が増えた。
しかもおかしなことに、お互い以外の身近な仲間ほど信用できず、逆に敵とみなしているはずのアーシェラの方が信頼できる。
「あーあ、せっかくロザリンデと一緒に堂々と歩いていられるのに、この先のことを考えると、息が詰まることばっかり考えちまうな」
「それは私もです、エノー。早く二人で…………手を繋ぎながらのんびり歩ける日を実現したいですね」
その後二人は神殿の裏手にある隠し通路の前で別れ、それぞれの生活に戻っていった。
王国と言う名の泥船から、自然な形で降りるために――――
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