過去という名の重し

 エノーとロザリンデの仲は、魔神王討伐戦後も比較的順風満帆だった。

 お互い忙しかったせいか、仕事以外で顔を合わせられるのは5日に一度くらいだったが、それでも平和の立役者となったことが自信となり、プライベートの話題も明るい話が多かった。

 特にエノーは夢にまで見た爵位を手にし、いずれは領土をもらえることも決まっていたせいか、とても浮かれていた。ロザリンデはそんなエノーを見て「あまり他の女の子と仲良くなってほしくないですね」などと心の中で思いつつも、やりがいをもって聖女としての仕事を大量にこなしていた。


 ところが、二人が充実した日々を送る陰で、割を食った者がいる。

 それは…………勇者リーズだ。


「勇者様、連日お忙しいかと思いますが、あなたは王国の希望です。今日も王国の人々の平和のために頑張っていきましょう!」

「……はい、エノー。わたくしは大丈夫ですわ。今日も頑張りましょう」


「リーズさん、今日のパーティーは公爵家の方々も揃いますから、いつも以上に姿勢を正してくださいね」

「承知いたしました、ロザリンデさん。勇者の名に恥じないよう、努力いたします」


 エノーもロザリンデも、お互いを意識しあって久しくなったせいか、勇者リーズのことを以前ほど気にかけなくなっていた。

 堅苦しく自由が全くない王国貴族社会は、リーズにとってとてつもない苦痛だった。しかも連日目が回るような忙しさで、常人であればいつ倒れてもおかしくないストレスにさらされていた。

 リーズもリーズで持ち前の責任感の強さから、そう言った苦痛を無理やり笑顔で押しとどめ、表面上は王国貴族社会に自然に溶け込んでいるかのようにふるまった。だが、これがいけなかった。

 二人はリーズが我慢に我慢を重ねていることを知らず…………エノーはかつて対等に呼んでいたリーズを、公の場では「勇者様」と呼ぶようになり、ロザリンデも相変わらず礼儀規則を教えることに余念がなかった。


「リーズのおかげで、人々は世界が平和になったと実感しているな。今日の演説の熱狂ぶりはすごかったよ」

「今まで仲の悪かった貴族同士も、リーズさんが間を取り持ってくれるおかげで、劇的に関係が改善していますね」


 この二人は、仕事の合間にこうして気軽に話し合える相手がいた。

 けれども、勇者リーズには心を開ける人がいなかった。

 もし二人のどちらかが、以前と同じようにリーズのことを気にかけていれば、リーズが精神の疲弊を隠しながら頑張っていることを見抜けただろうし、危機的状況になるまでに対策も打てただろう。


 その結果――――リーズは出奔してしまった。

 王国にいる誰に対しても、何も言うことなく、彼女は姿を消した。



 エノーとロザリンデだけが悪いわけではない。

 だが、少なくとも二人には沈みゆく王国の運命と、潰れゆくリーズの心を救うチャンスがあったはずだ。「王国の為」と盛大なお題目を掲げながら実際にやってきたことは、リーズのカリスマで問題解決を先送りにしただけにすぎず、リーズがいなくなって初めて、自分たちがやってきたことの無意味さに気が付くことになる。


 二人は今まさに、自分たちの行ってきた所業を放棄して、逃亡しようとしている。

 これが無責任でなければ、一体何だというのであろう。

 自分の夢の為に……今までの苦労を無意味なものにしたくない為に……一体どれだけのものが犠牲になっただろうか。


 この先、エノーとロザリンデは、過去という名の重しを背負いながら、その一生を罪の償いに充てることになる。そしてその一歩として、かつての親友、かつての想い人に会いにゆかねばならない。

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