敗者復活の道のり

 遠くて近きは男女の仲とは、大昔から盛んに言われてきた言葉である。

 恋は何がきっかけで始まるかわからないというが、エノーとロザリンデの恋の始まりも非常に奇妙なものだった。


 この二人の仲を繋げたのは――――同情だった。

 決して前向きな理由とは言えないが、それでもお互いを他の仲間よりも特別な存在と心の中で認めたことで、無意識にお互いを意識するようになっていく。


「ロザリンデさん…………昨日の話の続きをしたいのですが」

「わかりました。私ももっと聞いてほしいことがありますから」


 初めはお互いの想い人――リーズとアーシェラが振り向いてくれないことへの愚痴から始まったが、お互いの想い人はお互いの恋のライバルという奇妙な関係のせいで、うかつにリーズやアーシェラのことを悪し様に言うことができなかった。

 しかも、エノーは結局、親友(だと思っている)アーシェラのことを嫌いになり切れないし、ロザリンデもアーシェラから袖にされたのはリーズのせいではないことが分かっていた。


(ロザリンデさんがアーシェラに惚れるのも無理ないよな……あいつは昔からよく気が付く性格だったし)

(リーズさんは魅力的な女性ですから…………エノーさんが嫉妬するのも当然ですね)


 相手のことをほとんど悪く言えない愚痴り合いは、すぐに別の話題にシフトした。


「アーシェラも勿体ない。ロザリンデさんみたいな素晴らしい人を拒絶するなんて」

「素晴らしいだなんて……私は聖女なんて言われていますが、そこまでできた人間ではありませんよ。むしろ勇者様の方こそ、エノーさんのような頼りになる男性に見向きもしないなんてあんまりです」

「頼りになる……面と向かって言われると恥ずかしいですね」


 お互いの傷をなめ合う関係は、いつしかお互いを励まし合う関係に発展していく。

 エノーもロザリンデも、戦場ではかなり密接に動くだけあって、お互いのいいところも悪いところもよく知っていた。それゆえ、あまり気取らず等身大で話し合うことができた。


「今日の戦いも激しかったですね。エノーさん、あまり無理してはいけません。この前みたいに腕一本持っていかれてしまったら、私以外では治せないのですから」

「ああ、すまない。だが、ロザリンデさんももう少し休んでもいいと思う。聖女様に倒れられては、俺も安心して戦えないからな」


 いつしか二人だけで会話するときは口調が柔らかくなり、気兼ねなく話せるようになった。

 貴族を目指し、常に格式張ったやり取りを心掛けるエノーも、常に聖女のふるまいを求められるロザリンデも、こうして気の置けない話し相手がいることで、ストレスも解消し、明日への活力を得られた。


 だが、それに比して振り向いてくれない想い人への愚痴はめっきりなくなってしまった。それどころか、二人が意識する対象がいつの間にか変わってしまったことで、かつての想い人達に向けるまなざしも冷静なものになっていった。


(なんだかんだ言って、リーズを好きになっても、最終的に王国の王子様と結婚することになるんだろうな)

(あのままアーシェラさんに入れあげても、神殿に連れていくことは不可能ですね)


 エノーにはロザリンデがいる。ロザリンデにはエノーがいる。

 ふたりは手の届かないものを追い続けるよりも、近くにある大切なものを選んだのだった。


 ところが不思議なことに、エノーとロザリンデの関係は周囲に全くバレることはなかった。

 まずエノーはリーズに惚れていたことをほとんど仲間に知られていたが、リーズは大勢の男性から恋心を寄せられていたため、多くの男性がエノーを恋敵とみていた(なお、アーシェラは存在すら無視されていた)。それゆえ、エノーの恋心が既にリーズに向いていないことを誰も知らない。

 一方でロザリンデは、普段から同陣営内での風紀にうるさいので、恋人がいるとすら思われていなかった。彼女は確かに美人だが、少しでも一緒にいると息苦しい堅物と思われており、男性からの評判は最悪に近い。

 そんな二人がいつの間にか恋仲になるなど、周囲は……それこそリーズやアーシェラですら見抜けなかった。


「エノー、この戦いが終わっても、たまにはこうしてお話ししましょう」

「願ってもないことだ、ロザリンデ。こんな楽しみはほかにないからな」


 ただ、二人は一度敗者になったからか――――お互いに好意を抱いていると薄々気が付いていても、踏み込んだ関係になることをためらい続けていた。

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