初恋失恋

 およそ2年前――――――魔神王討伐に向かう勇者パーティーの陣地にて。

 邪教集団の大規模な攻撃を返り討ちにし、未だ興奮冷めやらぬ陣営の一角にあるテントに、エノーとロザリンデが二人きりでいた。術式ランプの明かりだけが暗闇を照らし、天幕に二人の影を作る中、エノーは面白くなさそうにリンゴジュースをグラスで呷り、ロザリンデはそれを黙って見つめていた。


「申し訳ありませんね、ロザリンデさん。俺の我儘に付き合わせてしまって」

「私の話も聞いてくれる約束でしょう? お互い様ですよ」


 二人は勇者リーズのすぐ傍で戦う最前線メンバー同士であり、よく大怪我をするエノーと、傷の回復を一手に担うロザリンデは、いつの間にかよく連携できるまでの仲になっていた。

 ただ、お互いまだ一介の仲間でしかない頃なので、ロザリンデはエノーを「さん」付けで呼び、エノーもロザリンデに対してはプライベートでも敬語を使っている。会話も、普段は戦いに関することや、ちょっとした交流程度で済ましており、空き時間と言えばエノーは自主トレーニング、ロザリンデは瞑想などして過ごすことが多かったが…………この日は若干趣が異なっていた。


「エノーさんはこのところしばらく不機嫌そうでしたから、何かあるのではと思っていました。私が悩みを解決できるかはわかりませんが、話せば少しは楽になるかもしれません。どんな話でも構いません。口外しないと女神さまに誓って約束します」

「気づかい、ありがとうございます…………俺の悩みは、恋の悩みなんです。俺は昔からリーズのことが好きで…………昔からリーズのために色々頑張っているのに、ちっとも振り向いてもらえなくて」

「なるほど。エノーさんは元々勇者様と同じパーティーでしたね。無理もないことです」


 近頃エノーは、長年一緒に戦ってきた勇者リーズへの叶わぬ恋に、心を痛めていた。

 戦場では真っ先に切り込む勇者を庇うために傷だらけになるエノーだが、肝心の勇者の心が明らかに自分の方を向いてない。そして、勇者リーズがぞっこんなのは――――よりによって、同じ初期メンバーだった2軍メンバーのアーシェラであった。

 ただ、陣営内の風紀にうるさい聖女ロザリンデ相手に「勇者様に恋しています」などといえばお叱りを受けそうなものだったが、意外にもロザリンデはエノーの恋心を特に否定することはなかった。


「わかってはいるんです。今は世界の命運をかけて戦っている時…………恋愛がうまくいかないからと言って、戦いで手を抜くなんてもってのほか。けど……この想いを抱えたまま、リーズの隣で戦い続けたら、俺はおかしくなってしまいそうなんです!」


 エノーの想いはかなり切実だった。

 そもそもエノーは昔から「努力は必ず報われる。流した汗は裏切らない」という思考が強く、それゆえリーズの為に命を張っている自分の恋心が報われないことが非常に不満だった。しかし、エノーは今や1軍メンバーの中でもさらに中核を担っており、報われないからと言って戦いをやめることなど考えられない。


「俺はいつまでも、ずっと前からの仲間との絆を壊したくない。でも……たまにふと思うんです。アーシェラ、あいつさえいなければ…………と。そしてすぐに自己嫌悪になって…………そして今度は、振り向いてくれないリーズに………。俺は! いったいどうすれば……!」


 ロザリンデの前にもかかわらず、エノーはイライラが募って、両手で頭をガシガシ掻きむしった。


「エノーさん……さぞかしつらかったでしょう。その気持ち、私もよくわかります」

「ロザリンデさん…………わかってくれるんですか?」

「ええ……むしろ私の方がよほど罪深いでしょう。私は先日、アーシェラさんに告白までしましたが、お断りされました」

「は………………?」


 恋愛の愚痴を言いに来たはずのエノーは、逆にロザリンデから特大の爆弾を返されて、思わず目を点にしてしまった。

 エノーはとにかく心が表情に出やすいので、親しい仲間の間ではエノーがリーズに惚れていることはよく知られていた。だが、ロザリンデはそんな素振りを全く見せていなかったので、完全に予想外だったのだ。

 しかもロザリンデは女神信仰を司る聖女であり、神殿によって恋愛は完全に禁止されているはずだ。にもかかわらず、規則や風紀に厳しい彼女がなんと告白までしていて、それをずっと隠し通していたというのだから驚くほかない。


「失望しましたよね。皆さんにいつも規則規則と厳しくしている私が、聖女の重大な禁忌を破っているのですから」

「い、いや…………別に悪くはないと、おもう」

「無理なさらないでいいのです。私は聖女失格で――――」

「そんなことはありません! ロザリンデさんだって人なんですから! 人を好きになることは仕方ないじゃありませんか!」

「エノーさん………」


 この時二人の間に、奇妙な連帯感が芽生え始めていた。

 そして、この日を境に二人の関係は急速に接近し始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る