聖女様のお宅訪問
ロザリンデが、中央神殿が保有する立派な4頭立ての馬車に乗ってやってきたのは、王都アディノポリスにある、貴族の邸宅であった。
邸宅自体はほかの貴族のそれに比べて、そこまで大きくもなく、豪華でもない。しかし、わざわざ聖女が訪問するからには、当然それなりの理由がある。
「ここが勇者様のお屋敷ですか」
「はい、聖女様。来月には新しいお屋敷がもっと中心部で完成する予定ですが、
このお屋敷も勇者様が育った家として、そのまま残る予定です」
そう、ロザリンデが訪問している邸宅は、勇者リーズの実家であった。
館や庭はそれほど飾り気がなく、やや武骨な印象を受けるが、手入れはよく行き渡っている。そして、使用人たちも堅苦しすぎない雰囲気で、ロザリンデ礼儀正しく出迎えてくれた。こういったところに、この館の主――――ストレイシア男爵の意識の高さがうかがえた。
「ようこそ聖女様、お待ち申し上げておりました」
「急な申し出にもかかわらず、お招きいただきありがとうございます」
「いえ、聖女様にご足労頂けるのであれば、当家は何時でも歓迎いたします」
邸宅を取り仕切っている初老の執事が、男女4人の使用人を連れて、ロザリンデを館に案内する。ロザリンデも、護衛の女性兵士2人と女性神官2人をつれて、館へと足を踏み入れた。
ロザリンデが王国を脱出しようと決めた日の直後に、リーズの家を訪ねる予定が入っていたのは単なる偶然だった。
彼女がこの家を訪ねることは5日ほど前から決まっていたのだが、訪問する理由も特に深いものはない。音信不通になっているリーズの家族が、何か困ったことはないか知っておきたかったのと、今度新しい邸宅ができる前に、リーズがどんな所に住んでいたのかを知っておきたかった、ただそれだけのことだった。
影送りの術の実験といい、午後の勇者宅訪問といい、この日の予定はロザリンデにとってある意味タイミングがよかった。
そんなことを考えながらロザリンデがエントランスに入ると、そこには赤髪に白を基調とした服を身に着けた女性が立っていた。
「これは聖女様、お初にお目にかかります。ストレイシア男爵夫人、マノンと申します」
「ロザリンデです。勇者様のお母様にお会いできて、光栄です」
「いえ、こちらこそ……娘がお世話になっております」
勇者リーズの母――マノンは、ロザリンデから見て良くも悪くも「普通」という印象を受ける女性貴族だった。
娘が勇者になったことで、さぞかし豪奢な生活をしているかと思いきや、意外にもそこまで装飾品を身に着けておらず、化粧も下品にならない程度にされていた。
(随分と落ち着いていますね。リーズが行方不明という話は聞いていないのでしょうか)
そして何より、聖女を相手にしているというのに、一切気負った雰囲気がないのも、ロザリンデの関心を引いた。
大抵の貴族は、たとえ公爵家であっても聖女に直接会うとなると非常に緊張するものだが、マノンはまるで対等な相手が来たかのように穏やかに対応してくれた。
そうでなくても、リーズはここしばらくこの家に手紙などをよこしていないはずで、そのことを不安にならないかも気になるところだった。
「ところで、男爵様は?」
「…………聖女様、申し訳ありません。主人は昼前に、国王陛下直々に急な招集がありまして」
「国王陛下の招集を…………?」
「お招きしたにもかかわらず、主人の不在……ご無礼お許しください」
「いえ、そのような事情でしたら仕方ありません」
ところが、肝心のリーズの父はなんと国王からの直々呼び出され、この場にいないようだった。マノンは頭を深々と下げて非礼をわびていたが、そのような理由では咎めることはできない。
ただ、ロザリンデには何か引っかかるものを感じた。
マノンが悪いというわけではなく、国王がわざわざこのタイミングでストレイシア男爵を呼び出したことに、なにかしらの作為的なものを感じたのだった。
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