母親の資格

 子は親を見て育つとよく言われている。

 ロザリンデは幼い頃、大神官の父を政争で、政務官の母を過労で失い、政治的妥協のために聖女として育てられたため、親の愛情というのを知らなかった。それゆえ、自分以外の人々がどんな家庭で育ったかという興味が昔から非常に強かった。

 特に勇者リーズを育て上げた両親は一体どんな人物なのか、ロザリンデは以前からとても気になっており、その上で勝手に「さぞかし立派な方なのだろうな」と思い込んでいた。

 ところが、実際に母親に会ってみると、ロザリンデの想像は大きく覆されることになる。


「勇者様を育て上げたお母様の手腕、聖女として大いに尊敬いたします。なにか秘訣のようなものはあったのですか」

「いえ、特に何も。リーズは昔からとても自由に育ちましたから」

「なるほど、あえて自分の好きなようにさせるように育てたと…………」

「と言いますか、その頃は長男フィリベルと次女ウディノのことで手いっぱいでして、リーズの面倒は乳母や侍女に任せっきりでしたの。ですから、そのことは彼女らに聞いた方がいいかもしれません」

「そうですか…………いえ、お母様やお父様もお忙しいことでしょうし、責任ある貴族にはよくあることですわ」


 話を聞いて、ロザリンデは心の中で凄まじいショックを受けた。

 温和な表情を保ってはいるが、マノンがあまりにもあっさりと自分たちの育児放棄を語るものだから、呆れるほかない。


(この方……ある意味底が知れませんね。大物なのか、はたまた何も考えていないのか……)


 普通、貴族の親なら自分の子女が大きな功績を立てたら、間違いなく「自分が育てた」とばかりに大きな顔をし、まるでその功績は自分のものだと言わんばかりの態度をとるはずだ。たとえ自分自身は育児に全く関心がなく、世話役が育てたとしても、正直にそう話す貴族がどれだけいることやら。

 だが、おかしなことにマノンは聖女を前に堂々と自分の恥をさらしており、しかもそのことについて全く悪びれていない。


「では、13歳という年齢で旅立たせたのも…………」

「その頃には武術指導役の先生もリーズに敵わなくなっていましたし、リーズの好きに生きさせることにしたのです。あの子は自分で積極的に学んで育ってくれましたから、とても助かりましたね」

「心配とかはしなかったのですか?」

「ええ、初めは少し心配でしたが、元気にやっているという知らせもありましたので」


(放任主義にもほどがあるのではないでしょうか…………)


 ロザリンデはマノンの話を聞いて、逆にリーズのことがよくわからなくなってしまった。

 確かにエノーからは、冒険者時代もリーズの両親はあまりリーズのことに口を出さなかったと聞いているが、流石にここまで教育に無関心だとは思いにもよらなかった。


「では、寂しくはないのですか? リーズさんと、あまり顔を合わせていないのでは……」

「離れていても、リーズと私たちは家族ですもの。寂しいと思ったことはないですね」


 話せば話すほど、逆にロザリンデの不安の方が高まるような気がした。

 そろそろ父親とも話がしたいところだが、一向に帰ってくる気配がない。

 ロザリンデは話の途中で「新しいお宅に移る前にリーズが育った部屋を見てみたい」と言い、不安が増す会談を一度切り上げることにした。




(何なのでしょうあの方は……!)


 ロザリンデは、屋敷を案内されながら心の中で憤慨していた。

 自分も親からの愛を受けたことはあまりなかったが、それでもあんな母親に育てられるのは御免だと感じた。ロザリンデの場合はある意味仕方のない生い立ちであることで諦めがつくものの、きちんと親のいる家庭で親から構ってもらえないのは、あまりにもかわいそうだった。


(それでいて、リーズはよくあんないい子に育ったものですね)


 それもこれも自分がきちんと礼儀作法を教えたおかげ…………ロザリンデは一瞬そう思いかけたが、それよりも明らかに多大な影響を及ぼした人間をすぐに思い出した。


 勇者リーズが、よくこっそり甘えていた人がいた。

 勇者リーズは家にも帰らず、その人のところへ逃げていった。

 リーズにとってこの館は、帰る場所ではなかった。ただそれだけのこと。


「ここがリーズ様のお部屋です」

「ありがとうございます。ちょっと拝見させてもらいますね」


 召使から案内されたリーズの部屋は、それなりの広さで家具もいいものが揃っているものの、どこか生活感がなかった。と言うよりも、そもそも「リーズが住む」という印象が全く感じられない。

 本来の部屋の持ち主の手が全く入っていないせいか、単なる貴族の子女に与えられた一室という雰囲気がぬぐえなかった。


(このベッド……かなり新しいものですね。リーズがいない間に買い替えたのでしょうか)


 ロザリンデが特に違和感を覚えたのがベッドだ。これだけ他の家具より明らかに高級で、しかも大きさはダブルだ。屋敷自体がそこまで大きくないので、この部屋に運ぶにはさぞかし苦労したであろう。だが、そんな苦労して運ばれたはずのベッドは持ち主に使われた形跡が全くなかった。


 そんなことを考えながらロザリンデが部屋を見て回っていると、廊下の方からなにかざわめくような声が聞こえてきた。どうも、部屋に入ってきていない神官や護衛兵がなにかもめているようだ。


 何事かと思いいったんリーズの部屋から出たロザリンデは……………そこで悍ましいものを見つけ、思わず悲鳴を上げそうになった。


「やあ、ロザリンデ。こんなところで奇遇だね」

「…………リシャール公子。なぜここに?」


 神官たちともめ事を起こしていたのは、なんとかつて勇者パーティーの仲間であり、1軍として共に戦ったリシャール公子だった。

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