残念公子

 女性の召使5人を引き連れてリーズの部屋に入ろうとするリシャールに対し、ロザリンデの付き人たちはリシャールをロザリンデに近づけまいと必死だった。

 堅物集団の神官たちにとって、たびたび神殿関係の風紀を乱そうとする男性貴族は要警戒対象であり、特に第二王子セザールとエライユ公爵家嫡子リシャールを蛇蝎の如く嫌っている。

 ところが、当のリシャールは自分が警戒されているにもかかわらず、全く意に介していない。


「やあロザリンデ! 君の部下は随分と仕事熱心のようだね。でも、俺と君の仲じゃないか、そう怖がらなくてもいいと言ってやってくれよ!」

「…………どうしてあなたがここにいるのかと聞いているのです。聖女であるこの私が訪問中なのを知ってのことでしょうか?」

「なに、恋人の家の前に聖女専用馬車が止まっているのが偶々見えてね。もしや愛しのリーズの居場所で何かわかったことがあったのかと思って、こうして足を運んだというわけさ」


 そう言ってリシャールは格好つけるように、前髪を掻き上げた。

 実際のところ、リシャールは「偶々」ロザリンデがリーズの家に来ていると知ったわけではなく、公爵家が抱える密偵によって事前に訪問の予定を知っていたらしい。

 だがそれでも、聖女が貴族の家を訪問している最中に乱入するというのはただ事ではない。


「この家の方々に止められはしなかったのでしょうか?」

「それについては問題ない。俺はこの家には何度も出入りしているからな、リーズの母君にも随分と気に入ってもらえているよ」


(さてはマノンさん、リシャールさんを止めませんでしたね。本当にあの方は何を考えているのやら)


 驚くことに、リーズの母マノンも、その他の使用人も、リシャールの来訪を止めなっかったというのだ。確かにリシャールの家――エライユ公爵家は王国屈指の名家であるが、ここまでの非礼をされて断れないというのは、相当舐められていると見てよい。

 そしてそれだけでなく、聖女ロザリンデとその背後にある中央神殿にすら喧嘩を売っており、それでいて平然としていられるのは、ある意味大物と言ってもいいかもしれない。


「それよりもだ、ロザリンデ。君が今日ここに来たということは、リーズのことについて話に来たのだろう? リーズが今どこにいるのか、ぜひ俺に教えてほしいんだ!」

「またそれですか。何度も言いますように、私の方にも続報は入っていません。各地の神殿に協力を仰いでおりますが、まだ何も返答はありませんよ」

「おいおい、それはないだろう? 何度も言うが、俺と君の仲じゃないか。恋人の無事が心配なんだよ」

「では私も何度も言わせていただきますが、分からないことはわからないのです。それに、私とリシャールさんの仲とはなんですか? 魔神王討伐で共に戦ったこと以外、特に接点はないように思えますが」

「ふふっ、君は相変わらず真面目でお堅いな。でも、そこが君の魅力でもあるけどね」


 そう言いつつリシャールは、何気ないようにロザリンデに手を触れようとしてきた。

 だが、護衛の女性兵士が慌ててその手に槍の先を向けた。一歩間違えれば、公爵家と中央神殿が対立する大事件になりかねないにもかかわらず、軽々しくその一線を越えようとするリシャールに、ロザリンデは何度目かわからない呆れのため息をつく。


 かつて魔神王討伐の戦いで共に戦っていたころは、ロザリンデもリシャールを見る目はさほど悪くはなかった。

 確かにその頃から陣営内の女性を口説いて回るという悪癖はあったが、

そこまで女性を不快にさせる言動はなかったし、なにより戦いではきちんと最前線で体を張って頑張っていた。

 それが今では――――出会うたびに悪癖ばかりが目立つようになってきている。

 元からこういった性格だったのを猫被りしていたのか、はたまた戦後の栄光におぼれて性格がゆがんだのか定かではないが、ロザリンデはもうリシャールのことを戦友とみなしていないことは確かだった。


「とにかく、私はこの後勇者様のお父様……ストレイシア男爵様と会談予定なのです。部外者であるリシャールさんは退室していただきたいのです」

「まあいいじゃないか! 別にやましい話をするわけじゃないんだろ? だったら、将来家族になる予定の俺も一緒にだな――――」

「よくありません。これ以上関わりますと、神殿が黙っていませんよ」

「ん~、今日の君はなんだかいつも以上に怒りっぽいなぁ。そんなんじゃ、綺麗な顔が台無しだよ」


 ロザリンデは思わず「誰のせいだ」と叫びたかったが、それをぐっと我慢する。ここでリシャールに怒鳴ってしまえば、聖女としてのイメージが台無しである。

 そんなとき、リシャールは…………ふと、何かひらめいたように手をポンと打った。


「む、そうか……! ロザリンデ、もしかして君は、リーズに嫉妬しているのかい?」

「はい!?」


 いきなり意味の分からないことを言われて、ロザリンデは一瞬自分の耳を疑った。

 だが、その上さらに驚愕する出来事が起こった。


 なんと、リシャールがリーズのベッドに無造作に腰を下ろしたのだった。

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