自縄自縛
神殿の外の森から隠し通路を通り、聖女専用の礼拝室まで戻ってきたロザリンデは、隠し通路の入口を閉じて「ふぅ」と一息ついた。
休みなしで駆け抜けたため、額には若干の汗が浮かび、流れるような金髪が雪肌に張り付いている。
ロザリンデは、いつものように手近な鏡で身だしなみを念入りに整えると、祈りを捧げるための女神像を床の隠し通路を塞ぐように動かし、最後に像の前で深く頭を下げた。
「申し訳ありません、女神様」
聖女がお祈りをサボって中央神殿から無断で抜け出したと知られたら、周囲からどんな反応があるかは想像に難くない。
物理的にも社会的にも命懸けの10分を往復する――――それも、ただお茶を飲んで話すだけの1時間の為に……リスクとメリットが全く釣り合っていないにもかかわらず、ロザリンデはこれをやめる気は全くなかった。
「女神様……私は間違っているのでしょうか? お答えくださらないのですか」
かつて一度だけその声を聴いた創世神たる女神は、黙して何も語らない。天罰を下すならあらかじめ警告してほしいものだと思いつつ、ロザリンデは礼拝室を後にした。
礼拝室を出て廊下を進めば、お付きの神官たちがロザリンデを待っている。彼女たちに身の回りの世話をされつつ沐浴を行い、ベッドに入るまで、また一切の表情を表すことなく過ごさなければならない。
神殿内の自室に戻りベッドに入れば、ようやく聖女の一日が終わる。
明日も、夜が明けるころに朝の儀式がある。ひたすら祈るだけが仕事とはいえ、聖女の仕事も楽ではない。
「今頃エノーもベッドの中でしょうか。そしてリーズもどこかで……」
ベッドにうつぶせになったロザリンデは、どこか悶々とした表情で枕に顔を押し付けた。
彼女もエノーと同じく行方不明になったリーズのことで頭がいっぱいだった。
「リーズはもしかしたら、私と同じように逃げ場所を見つけてしまったのかもしれません。
となると、考えられるのは…………」
ロザリンデが真っ先に思い浮かべるのは、クリーム色の髪にやや大きい瞳の、優しい表情が似合う青年の顔。ロザリンデの前でさえ、たまにしか素の性格を見せなかったリーズが、会いに行くたびに甘えていた唯一の人物にして、かつて彼女が一目ぼれして告白し――――そしてものの見事に振ってくれた男性、アーシェラ。
魔神王討伐戦が終わって以降、あれだけ仲の良かったリーズやエノーにも行方を告げず姿を消したせいで居場所が分からず、今回の訪問地にも指定することができなかった、曰く付きの人物である。
もしリーズが何らかの形でアーシェラの居場所を発見し、当初の予定をはずれて彼のところを訪問したというのであれば……何もかも想像でしかないが、リーズは定時連絡すら放棄しているのだから、もし予想が当たっていればとても厄介なことになる。
もし、リーズの行方不明が一時的な気の迷いであるならば、何の心配もいらない。
しかしながら、リーズが王宮生活が嫌になって、どこかに逃げ場を見つけてしまったのなら、果たしてエノーとロザリンデはリーズを連れ戻すことができるのだろうか? その資格はあるのだろうか?
リーズは今回行方不明事件を起こしてしまったせいで、王宮はよりリーズの行動を締め付けるだろう。
にもかかわらずロザリンデとエノーは、リーズが雁字搦めになっているのをしり目に、二人だけで密会を続けていたら、不誠実以外の何物でもない。
「そうなったら、私も覚悟を決めてエノーと合うのをやめて、聖女としての一生を全うするのが筋というもの」
ロザリンデにはそれができるのか? リーズの一生に重い制約を課すのだから、当然しなければならない。
(そんなの……嫌に決まっているじゃないですか)
「愛の欲求」という名の毒は、すでに彼女の心を大幅に蝕み、そろそろ禁断症状が出始めるかもしれないほどだ。けれども、自分だけいい思いをして、数少ない心から大切に思う友人を過酷な環境に置いたままにするのは、彼女の良心が許せない。
「女神様…………なぜなのですか?」
ロザリンデの自分勝手な悩みに、女神が応える義理はない。
仮に応えたとしても「自業自得」と言うだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます