旧友からの手紙
翌朝、ロザリンデはいつも通り夜明け前に鳴る神殿の鐘の音で目を覚ますと、即座に鏡を開いて、寝覚めが悪く眠そうな自分の顔を綺麗に整える。
すぐに身の回りの世話をする神官がやってくるので、彼女たちに一部の隙も見せないようにしなければならない。
身内も同然の神官たち相手でさえ、人間臭いところを見られないようにする。これもまた幼いころからの習慣だ。世話をする神官がやってきたら、彼女に自分の時間はなくなり、着替えから何までいつもと同じように進んでいく。そしていつものように神殿の最奥の祭壇で、大勢の女性神官たちと朝の祈りの儀式を行うのだが…………この日はいつもと大きく違った。
「せ、聖女様! エノー様が至急聖女様にお目通り願いたいと!」
「エノーさんが?」
普段なら朝の儀式が終わった後に打ち合わせに来るはずのエノーが、いつもより大幅に早く神殿にやってきて、ロザリンデに会いたいといってきた。しかも、何やら緊急事態のようで、取り次いだ神官がかなり慌てていた。
「わかりました。朝の礼拝は神官長に代理で行わせてください。そして、エノーさんをすぐに執務室へご案内してください」
ロザリンデは神官たちに指示を出すと、自らも急いで執務室へと向かった。
(エノーから至急とは珍しいですね…………もしかして、リーズに何か……?)
至急の要件と聞いて真っ先に思いつくのがリーズに関することだ。
そして、恐らくは「リーズが帰ってくる」というポジティブな話題ではないはず。もしそうであったなら、わざわざ急いで知らせる必要なんてないのだから。
「おはようございます、ロザリンデさん。朝早くにお時間いただき、申し訳ない」
「いえ、急な要件とのことですので、お気になさらず」
ロザリンデが執務室に入ってすぐ、神官に連れられたエノーがやってきた。
彼に慌てた様子はなく、いつも通りの澄ました表情だったが、その態度が今回の要件が重大であることを逆説的に示している。そして、案の定エノーはロザリンデと一言二言あいさつを交わすなり、彼女に部屋から人払いするように言ってきた。
「重ねて失礼しますが、重要な要件故に人払いをお願いしたい」
「…………分かりました。皆さん、聞いての通りです。各自いつも通り儀式に戻りなさい。部屋の外の見張りも不要です」
神官たちは困惑しながらも、ロザリンデの命令に逆らうことはせずに、渋々部屋から出て行った。神官たちが全員出て行ったのを確認したロザリンデは、すぐに扉の鍵を施錠し、エノーと二人きりになった。
「これで最悪
「助かる。用というのはほかでもない、朝起きたら俺の枕元にいつの間にか術式郵便が来ていたんだ。これがその手紙なんだが、すぐに目を通してくれ」
「手紙、ですか…………」
エノーが懐から折りたたまれた羊皮紙をロザリンデに差し出し、ロザリンデは手早く内容に目を通した。
(え……?)
どんな重大なことが書かれているのかと身構えていたロザリンデだったが、手紙の内容はある意味彼女の予想外のものだった。
『エノーへ
久しぶり、元気だった? アーシェラだよ。
かつて仲間だった君のことがふと気になって、こうして手紙を送ったんだけど、まだ僕のことを覚えているかな。王都での生活は目が回るほど忙しいって聞いたけど、毎日食事と睡眠をしっかりとって、体を壊さないようにね。僕の方は昔と変わらず、マイペースに過ごしているよ。
君は昔「王国一の騎士になりたい」と常々語っていたよね。その夢が叶ったと聞いて僕はとてもうれしく思う。僕はただ応援することしかできなかったけれど、君の描いた騎士道物語のほんの1ページでも手伝うことができたのなら、とても光栄だ。
今はアロンシャムの町に住むロジオンも、この前会った時は商売繁盛で恙無く暮らしていた。別々の道を進んでいる僕たちだけど、いつかまた昔の仲間で集まって、自慢話に花を咲かせようじゃないか。
会える日を楽しみにしているよ。
アーシェラ・グランゼリウスより 2/3
追記:できればツィーテンにあげる聖花をロザリンデからもらってきて 』
内容はたったこれだけだった。
エノーの親友にして、かつて勇者パーティーの一員だったアーシェラからの、何気ない交流目的の手紙だ。
相変わらず、王都の官僚に勝るとも劣らないほどのとてもきれいな字で書いてあり、ロザリンデはどこか懐かしい気持ちを感じた。
(アーシェラさん、元気だったんですね。私にはもう別の好きな人がいますが、彼とまたもう一度ゆっくり語り合ってみたいものです)
勇者パーティーで同じ陣営にいたころの記憶が、ロザリンデの中にふつふつとよみがえってくる。
アーシェラはロザリンデの初恋の相手であったが、彼女がある日告白したところ、手ひどく振られてしまった。そして、彼に振られたことがきっかけでエノーと仲良くなれた。
聖女にとっては貴重な、青春の思い出――――そんな感傷に彼女が浸り始めたのを察したのか、エノーがやや不機嫌な声で話しかけてくる。
「ロザリンデ…………俺がなんでわざわざこの手紙を見せに来たのか、わかってないのか?」
エノーが嫉妬したのではないかと思い、一瞬ムッとしそうになったが…………彼の言葉を聞いて、なつかしさに浸っていた心が即座にひっくり返った。
(もしかしてこれは……!)
ロザリンデは、気持ちを切り替えてもう一度手紙に目を通し始めた。
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