三分の一の怒り

 手紙を読み進めているうちに、ロザリンデはいくつかの違和感を感じ始めた。


 そもそも、アーシェラはなぜこのタイミングでエノーに手紙を送ってきたのかということだ。

 読んだだけでは単なる旧友の近況を知らせる頼りでしかないが、アーシェラはここ2年間全くと言っていいほど連絡をよこさなかったばかりか、自分の居場所を徹底して秘匿していた。なのに、今更このような手紙を送ってくるのは…………単なる気まぐれである可能性は限りなく低い。


「リーズがいなくなったこのタイミングで、こんな手紙を送ってくるなんて……」


 行方不明になったリーズが、住処の分からないアーシェラのところに行ってしまったのではないかと、エノーもロザリンデも薄々考えてはいた。ただ、確信できる証拠が全くなかったので、動くに動けなかったのだ。

 もし、仮にこの手紙がリーズのことを何か知らせるものだとしたら、どうだろう?


「やはり、リーズはアーシェラさんのところに!」

「ああ、そうとしか考えられん。そしてリーズは…………そのままアーシェラのところに居つこうとしているんだろうな」

「ですね。もしリーズが1日や2日滞在しただけなら、アーシェラさんは何も言ってこなかったでしょう」


 アーシェラは昔から、こういったところはとても律義な性格だった。

 恐らくリーズが何らかの理由でアーシェラの住処に居ついてしまったので、リーズととくに仲のいいエノーに事情を知らせてきたのだろう。そう考えたエノーとロザリンデだったが、そうなるとさらに不可解なことに直面する。


「じゃあなんであいつは、伝えたいことを一つも書かないで、わざわざこんな当たり障りのない内容を送ってきたのか、疑問に思わないか?」

「それは…………」


 アーシェラが、ただ単純に「リーズが居ついているからなんとかしてくれ」と伝えたいだけだったら、

手紙には普通にそのことを簡潔に書いてくれただろう。自分がどこに住んでいて、リーズは今何をしていて……そう言った重要事項は、まず真っ先に記載するに違いない。


「朝この手紙を読んで、俺はふと思い出したことがあったんだ。あいつは……怒っているとき、面と向かって言ってくる時と、そうじゃないときがあった。

これはまだロザリンデたちと会う前の話だが――――」


 そう言ってエノーが語ったのは、まだリーズのパーティーが5人だったころのこと。

 ある日、久々に実入りのいい依頼をこなして大量の臨時収入を手にしたエノーは、突然入った大金に浮かれて、ツィーテンとロジオンを交えて宿屋の一室で騒ぎまくったことがあった。

 その時アーシェラは「程々にね」と一言だけ言ってさっさと休んでしまったので、てっきりアーシェラは怒っていないのかと調子に乗った三人だが…………翌日彼らが目を覚ますと、部屋の机に袋にぎっしり詰まった「のど飴」が無造作に置かれていたという。


「バカにはわからない怒り方と言おうか……分かったときには、結果を突き付けられて、言い逃れできないんだよな」

「そういえばグラントさんが、いつか言ってましたね。アーシェラさんに無言のプレッシャーを掛けられてお腹が痛いと…………」


 そこまで言いかけて――――ロザリンデの体に衝撃が走った。

 思わず髪の毛が逆立ちそうになり、血の気が一気に引くような感覚に襲われる。


 彼女はようやく気が付いた。

 アーシェラは、自分たちのことを信用に足らない……「敵側」だと認識しているのだと。


 右下に書かれている意味深な 2/3 という数字…………これはおそらく、この手紙が3枚出したうちの1枚で、エノーが受け取ったのは伝えたい内容の「2ページ目」でしかないということなのだろう。


「な、分かっただろう。なんで俺がこんな朝早くに押し掛けたのか。神官たちの前で緊張を隠すのは苦労したんだぞ」

「え……ええ、さっきまでの能天気な私を、過去に戻って殴りたくなりました。とにかく、これは急いでグラントさんと話し合わなければいけませんね」

「この王国でもう1枚手紙が届いているとしたらグラントさんしか考えられないからな」


 ロザリンデが危機感を認識し、この後はグラントに相談すると結論を出したその時――――扉がドカドカと何度も強くノックされた。


「聖女様! 失礼いたしますぞ!」


 どうやら、タイムリミットが来たようだ。

 二人は無言で頷き合うと、ロザリンデは執務机の席に急いで腰かけ、エノーは手紙を懐にしまい込む。


 直後、聖女の許可がなければ開けてはいけないはずの扉が勢いよく開かれた。

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