邪魔ものだらけ

 扉の鍵をこじ開けて転がり込むような勢いで入出してきたのは、年配の大神官たち3名だった。

 彼らの背後には、先程退出させた女性神官たちが申し訳なく佇んでおり、彼女たちが大神官たちを呼び寄せたのは明らかだった。


「聖女様! ご無事でしょうか!」

「男性と密室で二人きりなど、危機感が足りませぬぞ!」

「黒騎士エノーよ! 聖女様に狼藉を働いてはおらぬだろうな!」


 彼らは、よほどのことがない限り走ってはいけない神殿内の廊下を全力疾走してきたからか、ゼエゼエと息切れをしていたが、それでもロザリンデのことを心から心配するように、彼女の無事を尋ねてきた。


(この爺さんたち……本当に5分くらいで来やがった。そんなにロザリンデのことが信用できないのか?)


 エノーは心の中で悪態をつきながらも、表情を顔に出すことなく事情を説明する。


「狼藉とは心外ですね。勇者パーティーメンバー内で若干のいざこざが有ったので、そのことの相談だったのですよ」


 大筋では嘘はついていないが、言い訳としてはやや苦しいかもしれない。

 もちろん、そんなことでこの大神官たちが納得するわけもなく、エノー相手に三人で食って掛かるが、彼は頑として内容を喋らない。


「およしなさい。見ての通り私は何ともないでしょう? 許可を出したのも私ですから、問題ないではありませんか」

「ですが聖女様っ! エノーは元平民なのですぞ! 信用できませぬ!」

「左様です。聖女様はもう少し御身を大切にすべきです」

「襲われてからでは遅いのですぞ!」


 ロザリンデも、諭すように口喧嘩を止めようとするが、三人は聖女の言うことすらきかない。彼らが普段から聖女様のことをどのように扱っているか、その一端が垣間見える。

 複数人いる大神官にも派閥があるが、この三人は極端な保守派にして身分制度の信奉者だ。

 他の大神官たちは、王国権力に対抗するためのカードにするために、エノーに対してそこそこ好意的なのだが、保守派の大神官たちはエノーのことを、利害など関係なく毛嫌いしているのだ。

 政治的な利害関係で理不尽に敵視するのもいいとは言えないが、彼らは私情で毛嫌いしているのだからもっと質が悪い。


(エノーならいっそのこと襲ってくれれば、私も嬉しいんですけど)


 ロザリンデは心の中でそんなことを思いながらも、ギャンギャン喚く大神官三人を早く黙らせようと、ゆっくり椅子から立ち上がる。


「いい加減になさい。そもそも、あなた方は不必要に神殿の廊下を走り、あまつさえ私の許可なく、鍵をこじ開けてまで執務室に勝手に入室してきました。この上さらに私の前で醜態をさらすのであれば、神殿規則に則り、あなた方を処罰しなければなりません」

『!!』


 この言葉で、大神官たちはようやく自分たちがやりすぎたことに気が付いた。


「以前……あなた方は、神官の一人が所用で廊下を走ったのを見ただけで、大神官会議で解任を主張しましたね。

では、あなた方は自分たちのしたことにどのような始末をなさるのですか?」

「い、いや……それは」

「緊急事態でしたので……」

「我々は……聖女様のことを案じておりまして」

「ですが、本当に緊急事態だったらまだしも、実際にはこうして何も問題はなかったわけです。

それとも、私のことを常に案じていれば、廊下はいつでも走っていいと?」


 三人は言葉に詰まった。

 私情と勢いだけで、後先考えずに行動したのだから無理もない。


「とにかく、自分たちのしでかしたことは、大神官会議できちんと話し合いなさい。あなた方が本当に反省したかどうかは、会議の結果を聞いて判断いたします。それと、私はこの後すぐにエノーさんと王宮に向かいます。神官にグラントさんへのアポイントメントを取るよう申しつけてください」

「な、なんと! 急に王宮に向かう予定を入れると!」

「すぐに会議を行い、王宮に向かうことが妥当か話し合い……」

「いつから私が王宮に向かうだけで、大神官会議の承認を得る必要が出たのですか。とにかく今すぐに退出しなさい」


 いつまでもグチグチと粘る大神官たちに、ロザリンデはついに怒りを爆発させ、エノー以外全員を部屋から追い出した。

 邪魔者たちを締め出して扉に鍵をかけると、彼女は落胆するように「はぁ……」とため息をついた。

 この場にエノーしかいないのは幸いだった。神殿関係者のこのような醜態が外部に漏れれば、王宮の反神殿派閥から何を言われるかわかったものではない。


「お前も大変だな……俺の部下があんなことしたら、すぐクビにしてやるところだ」

「……私には本当の意味での「配下」はいない。以前からわかっていたことですが」


 部下なら上司の意見にすべて従えとは言わないが、機密の話し合いをすると言った直後に、本来の上司ではない人物に、考えうる限りの最短時間で告げ口をしに行く部下を、果たして「配下」と呼べるかどうか。

 そして……味方であるはずの神官たちに全く慕われていない現実に、ロザリンデの心は深く傷ついた。


 けれども、彼女の味方は全くいないわけではなかった。


「ったく、あいつらロザリンデにもうちっと配慮してやってもいいだろうに。あ~っ! なんだか俺までイライラしてきた!」

「エノー……それは、ごめんなさい」

「ロザリンデが謝ることじゃない、心配すんなって。とにかく、この後すぐにグラントさんのところに行くために着替えるんだろ? いつも通り裏口で待ってるからな」


 そう言って、エノーもまた準備のために執務室を後にしようとする。

 だが、彼がロザリンデに背を向けてすぐに、弱々しく後ろから引っ張られるのを感じた。振り返ってみれば……ロザリンデが不安そうな表情で、服の裾を色白の指で掴んでいた。


「エノー、あなたは……ずっと私の味方でいてくれますか?」

「ロザリンデ…………」

「私には、もうあなた以外に信じられる人がいないのです」


 エノーはロザリンデの手をゆっくりと両手で包み、力強く頷いた。

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