予感的中

 「戦術士」グラントは、かつて勇者リーズと共に最前線で肩を並べて戦った仲間の一人であり、魔神王を倒した後も勇者リーズの今後について、エノーとロザリンデと共に何度も話し合った仲でもある。三人とも勇者リーズと常に間近で接していたため、自分たちこそがリーズのことについて一番理解していると自負していた。

 他にアーシェラが手紙を送りそうな人物と言えば、グラント以外あまり考えられないが、そうでなくてもエノーへの手紙を見せれば何らかの進展があるに違いない。

 そんな思惑を抱きつつ、エノーとロザリンデが王宮内にあるグラントの執務室に顔を出すと、グラントは満を持した様子で二人を出迎えた。


「来ると思っていた。入り給え」

「来ると思ったということは、やはり…………」

「そうだ。私のところにこれがきた」


 グラントのところにも手紙が来ているだろうという二人の予想は見事に的中していた。

 そして彼もまた、よほど手紙のことについて話がしたかったのだろう。彼らが来るなりすぐに執務室の鍵を閉め、手元にあった羊皮紙を見せてくれた。


『グラント・ヘルムホルツ殿

 その後王国ではいかがお過ごしでしょうか? 私は貧乏ながらも晴耕雨読の日々を送っています。

 勇者様の行方を案じている頃かと思われますが、ご安心ください。勇者様はすこぶる元気です。こちらへの滞在が飽きたら、そちらに戻ると思われますので、親愛なる国王陛下にもそうお伝えください。

 

 アーシェラ・グランゼリウスより            1/3 』


 手紙に目を通した二人は「やっぱりか……」という表情で頷き合った。

 間違いない。リーズはアーシェラの住処に居ついてしまったようだ。


(飽きたら戻るというのが、またリーズらしいと言おうか、アーシェラらしいと言おうか)


 アーシェラと付き合いの長いエノーは、自分たち宛てに来た手紙より数段辛辣な内容を見て、思わずグラントに心の底から同情してしまった。

 飽きたら帰ると言うが、逆に言えばリーズが満足している限り彼女はアーシェラの元から帰ることはない。つまり……リーズにその気がなければ、王国に帰ってくるのは10年20年後……下手すれば死ぬまで帰らないかもしれない。

 それに、たったこれだけの短い内容にもかかわらず「君たちの考えなど全部お見通しだ」と言わんばかりの上から目線で、グラントをはじめとする王国関係者を、真正面から挑発してきている。

 怒りに任せて殴ってやろうとしても相手の姿は見えず、たとえ殴り掛かることができたとしても、リーズは完全に敵に回ってしまう。

 だが、さらに厄介なのは、もしこの手紙が信頼のおけない人物に見られたら、場合によってはグラントは相手側の内通者だと疑われかねない。相談できる相手は慎重に選ばねばならず、エノーとロザリンデが来るまで、さぞかし胃が痛んだだろう。


「そして、お前たちが来たということは…………届いたんだろう、手紙が」

「これです。朝見たら俺の机の上にありました」


 今度はエノーが、手紙をグラントに見せる。

 グラントの方に来た糾弾の手紙と違いだいぶマイルドな内容だが、リーズがアーシェラのところにいると確信できた今、改めてもう一度見直すと…………怯えるリーズを腕に抱え、氷像のような厳しい顔でこちらを威圧してくるアーシェラの姿が浮かんでくるように思えた。


「どう思う、グラントさん」

「これほど読んでいて背筋が凍る文章もそうそうないな」


 勇者と肩を並べて戦った、人類でも指折りの実力者たちが、2軍メンバーの最底辺の実力しかないアーシェラを恐れるというのは、なかなか滑稽な話かもしれない。

 恐らく、三人以外の者がこの手紙を読んでも「だったらそのアーシェラとかいうやつを殴り飛ばして、勇者を連れて帰ってくればいい」としか思わないだろうが…………勇者リーズは、いまやアーシェラ側についてしまっているのだ。少しでも対応を誤れば、リーズは永久に王国に戻ってこない。


 三人はその後も、頭を突き合わせてどう対応すべきか悩みぬいたが、とりあえずエノーとロザリンデが、二人きりで手紙の解読を行うことにした。グラントもできれば同席したかったが、彼は勇者リーズがいなくなったせいで、再び増加してきた社会不安にも対応せねばならない。

 かといって、エノーとロザリンデも余分な時間がそれほどないのだが、この問題を円滑に進められるのは彼らをおいてほかはないのだ。


「では、また何かわかったら知らせてくれ」

「グラントさんも、お忙しいかと思われますが、どうかご協力ください」


 こうして、グラントとの情報交換はわずか30分で終わった。

 神殿にいた時も、乱入者のせいで機密の会話が5分程度しか持たなかったので、二人は要点のみを抑えて、出来る限り早めに切り上げることにしたのだ。

 そのことについてグラントは特に咎めなかったし、むしろ何かを察してくれたのか、普段は滅多に使わない、外国の使節が来たときに使う応接室の鍵を渡してくれた。


「これで、とりあえず午前中いっぱいは、じっくり話し合えそうだな」

「ええ……あの部屋なら滅多なことでは邪魔は入らないでしょう」


 部屋を出てから、二人は周囲に聞こえないように小声で会話を交わす。

 グラントの執務室がある辺りのエリアは、巡回の衛兵以外にはあまり人通りがないとはいえ、どこで誰が聞いているかわからない。エノーとロザリンデは口数少なくしてしずしずと廊下を進むが…………………


「スマンっ」

「!?」


 突然、エノーがロザリンデの口を手で塞いで、すぐ近くの扉が開いた空き部屋に引きずり込んだ。


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