隠し事

 誘拐するかのような乱暴さで空き部屋に引きずり込まれたロザリンデは、一瞬抗議の声を上げようとしたが、エノーがやや必死の顔で唇に人差し指をあて「しずかに」とジェスチャーで示してきたため、彼のことを信じて、大人しく従った。

 すると、しばらくもしないうちに廊下の先にある階段の方向から、何人かの足音と、聞き覚えがある声での会話が聞こえてきた。


「グラントめ、まだ勇者と連絡が取れないのか! それとも、この俺様にあいつの行方を隠しているんじゃないだろうな?」

「ですから殿下……グラント様はけっして嘘をついているわけではなく……」

「だったらあの態度は何だ! この第二王子セザールが直々に足を運んでいるのだ、いつまでも何の進展もなしで済むと思っているのか!」


 王国第二王子のセザールの声だ。

 どうやらセザールは、グラントの部下の制止を振り切って、グラントの執務室に押し掛けに行くところだったようだ。


(セザール殿下!? 危ないところでした……)


 もしエノーとロザリンデがあのままノコノコ歩いていたら、そのまま遭遇して色々面倒くさいことになっていただろう。ロザリンデは、エノーのとっさの回避行動に感謝した。

 第二王子は、二人が空き部屋に潜んでいることに気づくことなく、グラントの執務室に入っていった。そして、しばらくもしないうちに断続的な怒鳴り声が聞こえ始めた。


「よし、今のうちにこの場を離れるぞ」

「はい。その……ありがとうございます、ですが……」

「すまない、話はあとで聞く」

「それもそうですね」


 セザールがグラントに粘着し始めたのを確認した二人は、廊下に衛兵などがいないことを確認し、こそこそと移動し始めた。グラントには申し訳ないが、しばらくセザールの関心を引き付けてもらうことにする。

 二人が応接室に入り鍵を閉めると、ようやく安全地帯が確保され、同時に安堵のため息を漏らした。


「あぶねぇ、まさかあのタイミングで第二王子殿下が来るとはな。ったくあの王子様は、そんなに暇なら城下町の視察でもしてりゃいいんだ」

「よく来ることがわかりましたね。私は全く気が付かなかったのですが……」

「足音だ。王族の履いてる靴は特注だから、独特な靴音でわかりやすい」


 なぜ姿が見えないのに、階段からセザールが近づいているかわかったのかをロザリンデが尋ねたところ、エノーはしれっと足音で気が付いたと答えた。このとっさの判断力は、流石元冒険者といったところだろう。


「それより…………その、悪かった。とっさとはいえ、君を怖がらせてしまった」

「いえ、私はエノーを信じていましたから。エノーはこんな時に意味もなく乱暴するような人ではないと」

「あ、あぁ…………そうか」


 ロザリンデの言葉に、エノーは若干気恥ずかしくなって顔を赤くする。いざという時に頼りになるエノーだが、妙なところで初心でもあり、そのしぐさにロザリンデも思わずキュンと来てしまう。


(ふふっ、エノーにもこんなに可愛いところがあること、リーズもきっと知らないんでしょうね)


 元の想い人に対してほんのちょっと優位を感じたロザリンデ。だが、時間がさほど余裕がないことをすぐに思い出し、若干埃が被った机の上を払って、2通の手紙を載せた。

 旧カナケル王国やその他有力な国が魔神王討伐戦役以降に無くなってしまったことで、外交官をもてなしていたこの応接室も全く使われなくなり、部屋の清掃すらまともに行われなくなったのだろう。部屋は埃の匂いにあふれており、居心地は決して良くない。しかし、それが今は却って都合がいい。


「とりあえず、この2枚の手紙を読み解けば、リーズがいる場所…………アーシェラさんの家に行くことができると思うのですが」

「ん~、そうなんだろうけど……ロザリンデ、その前に一つだけ…………変なことを聞いてもいいか?」

「変なこと、ですか?」


 エノーがソファーへ乱暴に腰を下ろし、埃を巻き上げる。

 先ほどの照れた表情から一変して、どこか面白くなさそうな、不満げな顔だ。


「この手紙のことを考える前に君にも確かめておきたいんだが…………そもそも、リーズを王国に連れ戻す必要あるか?」

「え!?」


 エノーの余りにもぶっちゃけた言葉に、ロザリンデは思わず目を点にしてしまった。

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