1日目 夜

「シェラ、その……もう一杯お代わりしても、いい?」

「いいよいいよ、遠慮せずどんどん食べな」


 リーズが、3杯目のお代わりをそっと出すも、アーシェラは特に迷惑そうな顔をすることもなく、喜んでシチューのお代わりを盛りつけた。さすがのリーズも、いきなり訪ねた上にお代わりを3杯も要求するのを申し訳なく思っているようだが、器一杯に盛られたシチューを見ると、あっという間に笑顔の花を咲かせた。


「さて、それだけお代わりしたからには聞かせてもらおうか。なんでリーズは、わざわざこんなところまで来たんだい? てっきり今頃王国で忙しく働いているのかと思ってたのに」

「まあね。1年くらいすっごく忙しかった。だから、リーズはお休みもかねて、王国以外のところに行った仲間たちに会いに行く旅をしてたの」

「仲間に会いに行く旅を? リーズ一人で?」

「うん。一人で旅するのは大変だったけど、もうすっかり慣れたっ」


 また思い切ったことをするものだとアーシェラは神妙に唸った。

 寂しがり屋のリーズが、護衛はおろか、あれだけ仲が良かった1軍メンバーの誰も連れずに、長旅をしている…………ついこの前までは考えられなかったことだ。


「そっか……ほかのみんなは元気そうだった?」

「うん! みんな、今の生活が本当に楽しそうだったし、久しぶりに会えて……凄く安心した」


 リーズの言葉を聞いて、アーシェラはホっと安堵のため息をついた。

 王国に入れなかったメンバーが各地に定住するまで紆余曲折あっただけに、その後も何事もなく暮らしているならば、彼もがんばった甲斐があったというものである。


「本当は…………シェラも、それに仲間だったみんなとも、一緒に暮らしたかったけれど……」

「仕方ないさ。彼らには彼らのやりたいことがある。それに、僕たちは離れていても、いつまでも仲間だから」

「えへへ、そうだねっ」


 寂しがり屋だったリーズは、人一倍仲間想いの少女でもあった。

 あれだけ大勢のメンバーがいたパーティーの、全員の名前と顔を覚えていたし、性格や好み、それに得意分野までしっかり把握していた。アーシェラのような下っ端にも、分け隔てなく挨拶をして、気さくに話しかけたりしていた。

 だからこそ、王国外定住組も、リーズの訪問を温かく迎えてくれたのだろう。これがもし、仲間たちの存在をどうでもいいと思っているようなリーダーだったら、見捨てられた恨み辛みをぶつけられていたことだろう。


「でもね…………肝心のシェラの居場所がなかなかわからなくて」

「それもそうでしょう。僕の居場所は、殆どの人に教えていないんだから」

「むぅ、リーズに手紙で教えてくれれば、すぐに会いに来たのにっ!」

「あ、ああ……ごめんよリーズ。この辺は田舎すぎて、郵便屋さんもなかなか来ないからさ、ははは」


 兎型に皮を剥いたリンゴをシャリシャリ咀嚼しながら、リーズはアーシェラに抗議の目線を送る。金と銀の瞳が潤み、ぷにぷにのほっぺが少し膨らんでいるその顔に、アーシェラは思わず顔を赤くして、たじろいてしまった。

 やっぱり、なんだかんだ言ってリーズはアーシェラに会えなかったのが寂しかったようだ。


「ここだってロジオンに何回もお願いして、ようやく教えてもらったんだからねっ」

「教えたのはロジオンだったのか……内緒にとは言ったけど、リーズには隠し事はできないか」


 今話題に上がったロジオンという男は、初期メンバーから途中で脱退した人。

 もともと魔術士だったが、今は小さな町でほかの元メンバーと結婚して、道具屋を営んでいる。彼はアーシェラと特に親しい間柄だったため、リーズは彼なら居場所を知っているだろうと思って詰め寄ったらしい。


「でもよかった。しばらくみんなには会ってないけれど、元気そうでなによりだ」

「そうそう! リーズもずっとずーっと、みんな元気かなって思ってた。だから、一人一人に会えてうれしかったのっ! まずはね――――」


 この後リーズは、アーシェラのところに来るまでの話を、延々とし始めた。

 話したいことは山ほどあって、夕食を食べた後も、食器を片付けた後も、ずっとずっと旅の話をする。アーシェラもリーズの話にじっと耳を傾け、穏やかな顔で相槌を打つ。

 リーズはアーシェラと話すのが何よりも楽しいようで…………気が付けば灯した明りの火種が尽きそうになるほど夜遅くになり――――リーズは話の途中で、糸が切れるように机の上で寝始めてしまった。


(お疲れ様、リーズ。ゆっくりおやすみ……)


 アーシェラは、リーズを起こさないようにゆっくりとお姫様抱っこで抱え上げた。

 人類の脅威――魔神王を倒した勇者とは思えない軽い身体に、楽しい話をしたまま瞼を閉じたかわいらしい寝顔。抱えていられるなら、いつまでもそうしていたい―――――と、思いきや


「あ……そ、そうだ! しまった!」


 何かを思い出したらしいアーシェラは、リーズを抱えたまま慌てて寝室に走り、わずか30秒もしないうちに、リーズを自分のベッドにあおむけに寝かせた。

 直後にリーズの腕が、何かを探すようにアーシェラの方に伸びてきたが、アーシェラはギリギリでその腕を躱した。


「ふぅ……今度こそ、おやすみ……」


 アーシェラはそうつぶやいて、まるで逃げるように寝室から出ていった。

 そして、眠りながらも何かを探すように暗闇に手を伸ばしていたリーズも、アーシェラが部屋を出た直後に、あきらめたかのように横を向き、頭の下にあった枕をぎゅっと抱きしめた。


 勇者リーズの長い長い滞在は、ここから始まる。

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