1日目 夕方

 事前の連絡もなく、いきなり突撃してきたリーズを何とか受け止めたアーシェラだったが、一体何が起きているのか訳が分からず、しばらく目を回した。


「こ、こらっ……リーズ! 急に人に抱き着くのは危ないって!」

「えっへへ~シェラだ~♪ や~っとみつけた!」


 リーズは抱き着いたついでに、アーシェラの胸元に猛烈な勢いで顔を擦り付け始めた。余計パニックに陥りそうになったアーシェラは、なんとかリーズを体から引き剥がすと、落ち着きを取り戻すべくゆっくり息を整えた。


「久しぶりに会えて嬉しいのはわかったから、いったん落ち着こう。ねっ?」

「むぅ……シェラはリーズに会えて嬉しくないの?」

「そりゃ、嬉しいよ。でもちょっと落ち着かないと、僕の心臓が破裂するから」


 リーズは一瞬だけ残念そうな顔をしたが、アーシェラの口から「嬉しい」という言葉が出ると、たちまち太陽のように表情がぱぁっと明るくなった。


(大げさなくらい表情がころころ変わるところは、相変わらずだ)


 てっきりリーズはもう上流階級の仲間入りを果たしていると思っていたアーシェラだったが、かつて一緒に戦った頃とあまり変わらない彼女を見て、何となく安心した気分になる。

 とりあえず、どうしてこんなところまで来たのか……それ以前に、なぜアーシェラがここに住んでいることが分かったのか。聞きたいことは山ほどあったが、アーシェラは今自分が「あること」の真っ最中なことを思い出した。

 時刻はすでに夕方で、空がすっかり夕焼けに染まっている。


「大したものはないけれど、今夕飯の支度をしてるから食べてくかい? 長旅で疲れてるならお風呂もすぐに沸かせるから、先に入る?」

「リーズは! ご飯が食べたいっ!」


 夕飯と聞いて、より一層目を輝かせるリーズ。よほどお腹がすいているらしい。


「じゃあ荷物をどこか適当に邪魔にならないところにおいて、井戸で手を洗ってきて。すぐにできるから」

「はーいっ!」


 まるで友達の家に遊びに来たかのようなノリで(というかそれが目的なのだろうが)、リーズは遠慮なく一番奥の部屋――――ベッドがある部屋に、背負ってきた大き目の背嚢をやや乱暴に放り投げ、外の井戸で手を洗った。すでに彼女の鼻は、クリーミーないい匂いを探知していて、据え置きの石鹸も使わずに、勝手口から台所に入った。


「ちゃんと手は洗った?」

「もちろんっ!」

「まったく、あらかじめ来るって言ってくれればもっといい料理を用意できたのに。今日はこれくらいしかないけどいいかな」


 質素な木製の器に盛られたのは…………程よくとろとろに煮込まれたクリームシチューだった。

 具材はそれほど多くはないが、どれも型崩れせず綺麗に煮込まれていて、熱々の湯気と優しい香りがほのかに漂っている。


「スプーンはこれを使って。パンはちょっと硬くなり始めてるから、シチューにつけて食べてね」

「はわあぁぁ~! いただきま――」


 早速スプーンを握って食べようとしたリーズ…………が、直前で急に食べようとするのをやめた。


「ん? どうしたの? やっぱりシチューだけじゃダメだった?」

「違うの! その……シェラは食べないの?」

「今リンゴを剥くから、先食べてていいよ」

「ん~……大丈夫、シェラを待ってるっ。せっかく久しぶりに一緒にご飯を食べるんだから、一緒に食べ始めたいのっ!」

「おっと、ようやくリーズも「待て」を覚えたね」

「リーズは犬じゃないよ!?」


 そんなやり取りをしつつ、リンゴを切り終えたアーシェラもようやく食卓に着く。

 こうして二人で食卓に向かい合うのは、いったいいつぶりだろうか? そう思うと、リーズは懐かしさのあまり少し涙が出そうになった……。


「さぁ、冷めないうちに食べようか」

「いただきまーすっ!」

「ふふ、あんまり慌てないように」


 待ってはいたが、やっぱりお腹がすいていて我慢が出来なかったリーズは、まぐまぐとシチューを口に流し込んだ。


「あっつ!?」

「ほら言わんこっちゃない。上級炎魔術は防げても、熱々のシチューはそう簡単には防げないからね」


 主なシチューの具材は鶏肉と人参、玉葱にジャガイモ、それにキノコが少々入っている。クリームシチューに煮込まれることで味が染み込み、全体的にやさしい味に仕上がっていた。


「んんーっ! おいしいっ! シェラのシチュー最強っ! 世界一っ!」

「相変わらず大げさなんだから。お代わりもあるから、遠慮しないでどんどん食べて」


 今のリーズなら、その気になればどんな美味珍味でも、いつでも食べられるはず。

 だというのに、彼女はおいしそうに……本当においしそうに、決して高級とは言えないシチューを一心不乱に口に入れていく。


(リーズはほんとに何でもおいしそうに、幸せそうに食べてくれる。見ているこっちも幸せだ)


 ここまで気持ちのいい食べっぷりを見せられれば、料理人冥利に尽きるというもの。

 人の家に突然押しかけて、あまつさえ夕飯を遠慮なく貪っているというのに、全く悪い気がしないのが不思議だ。


「シェラっ! お代わりっ!」

「はいはい、お皿ちょうだい」


 リーズが両手で差し出した器を、アーシェラは笑顔で受け取った。

 その光景は、まるで元気な娘と――――母親のようであった。

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