リーズとアーシェラ

 15年前――――凶兆の星が赤く輝いたその日から、世界各地で魔物の動きが突如活発化した。

 かつて神々との戦いで力を失った「魔神王」の封印が、崩壊の兆しを見せていたのだ。

 その頃世界の国々は、大きな戦こそなかったが、政治は腐敗し治安も悪化の一途をたどっており、農地は凶作にあえいでいた。そのため、厭世的な思想が急激に膨らみ、ついに邪教集団の一派が魔神王の復活をもくろんだ…………

 これにより世界はあっという間に崩壊の一途をたどり、一時期は全人口の3分の1が失われたという。


 リーズが、アーシェラと出会ったのは、魔神王を討伐する3年前のこと。

 まだ名が知られていなかった13歳のリーズとパーティーを組もうとする人間は、リーズの家柄か、金か、あるいは身体が目的な、身勝手な連中ばかりだった。

 そんな中でリーズが目をつけたのが、所属していた有名ギルドが壊滅して行き場を失っていたアーシェラだった。当時アーシェラは16歳。まだ駆け出しではあったが、補助強化魔術の才能はまずまずで、初めの頃はそれなりに活躍していた。


 しかし――翌年リーズが神の信託を受けて、勇者として覚醒すると状況は一変する。

 知名度が一気に上がったリーズは、王国からのバックアップを潤沢に受けられるようになり、周りに優秀な人材が大勢集まってきた。結成当初は5名しかいなかったパーティーは、最終的に300人以上の大所帯に膨れ上がり、必然的にレギュラーとベンチ人員に分かれ始める。

 リーズがパーティーの先頭で華々しく活躍する一方で、初期メンバーのうち1人はなんとか1軍にとどまっていたが、ある1人は戦力外を悟って引退し、別の1人はリーズと別行動中に命を落とした。

 そしてアーシェラは…………前線を離れて後方支援に徹することを決めたのだった。


 アーシェラは、自分が力不足だとわかっていた。けれども、最後までリーズの為に役に立ちたかった…………。

 戦いに役立てないのであれば、それ以外のことに活路を見出すしかない。そこでアーシェラは、戦闘要員から外れて、サポートに徹する旨をメンバーに告げた。もともと彼は、以前所属していたパーティーで見習い期間中には下働きをしていたし、今のパーティーでも、身の回りの細かいことは大体アーシェラがやっている。今更不満に思うことは何もなかった。

 メンバー全員の食事を作り、武器の手入れを行うことからはじめ、物資の仕入れや宿の手配、それに会計まで……あらゆる裏方の作業を、アーシェラは一手に担うようになる。


「感謝されなくても、見向きもされなくていい。僕はただリーズの役に立ちたいだけ」


 アーシェラはいつも、笑顔で言っていた。その表情に苦汁や寂しさは一切なく、誰もやりたがらない仕事を進んで引き受けていた。

 朝は誰よりも早く起きて、陽が落ちた後もせっせと働いた。メンバーの中には、あからさまに彼のことを「ただの雑用」と見下す者も何人かいたし、初期メンバーというだけで付いてきている「お荷物」扱いもさんざんされた。

 一時期はパーティーから戦力外で追放されそうになったこともあったが、その頃にはすでに裏方仕事はアーシェラがいなければ回らないようになっていたし、なによりリーズがそれを許さなかった。

 こうしてアーシェラは、自らの努力でなんとかリーズの近くに居場所を確保することができた。




 そんな彼の努力は、残念ながら報われたとは言い難い。


 魔神王を討滅し、王都で1か月にわたる凱旋祝賀が行われているとき、彼の姿はそこにはなかった。

 アーシェラのみならず、勇者パーティーへの貢献度が低いとみなされたメンバーは、なんと王都への入城を拒否されたのだ。

 当然彼らに与えられる名誉は何もない。報奨金も与えられず、ねぎらいの言葉の一つもなかった。

 最後の最後で切り捨てられたメンバーはパーティーの約半数にも及び、一時期は反乱の気配さえ漂っていたが、その混乱を収めたのもまたアーシェラだった。


「すべてが終わったわけじゃない。次の戦い……平和な国の復興という仕事がすでに始まっている。僕たちは一足先に仕事を始めようじゃないか」


 一部反発もあったが、アーシェラは何とか彼らを宥めると、それまで裏方で培ってきた各地へのコネを生かし、活躍を賞されることのなかった無名の戦士たちの仕事を斡旋した。

 王都で見向きがされなくとも、地方に行けば、勇者パーティーの一員だったというネームバリューは十分すぎるほどの力を持つ。

 アーシェラの尽力もあって、1年もしないうちに彼らは新天地で活躍の場を見出した。そして、アーシェラ自身は辺境でひっそりと生きることを決めた。


 リーズと共に駆け抜けた日々は、輝かしく誇らしいものであったが…………アーシェラ自身、いつまでも彼女の栄光にぶら下がっているわけにもいかないとも思っていた。

 今やリーズは世界を代表する超有名人であるから、超一流の環境で超一流の暮らしが約束される。聞いた噂によれば、リーズはいずれ王子様と結婚して后になり、王国の将来を担うことになるという。もはや、リーズの周りにアーシェラの居場所はないことはわかっている。


 そしていつかは…………リーズはアーシェラのことを忘れてしまうのだろう。





 そんな切ない思いも掠れ始めたある日のこと――――



「やっほー! シェラ、久しぶりっ! 元気だった?」

「おふっ!?」


 扉を開けた瞬間、紅髪の少女が、牛が突進してきたかのような勢いで抱き着いてきた。

 アーシェラが開拓村の村長として定住してから約400日目のことであった。


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