勇者様が帰らない
南木
第1部:勇者リーズは帰らない
勇者は今日も帰らない
バタン――と木の扉が勢いよく開かれると、紅の髪を長いツインテールにした少女が、リビング飛び込んできた。
「ねぇ! ご飯できた?」
「はいはい、もうすぐだから、座って待ってて」
台所でフライパンを握るクリーム色の髪の毛の青年が、逸るように近づいてきた少女を宥め、近くのテーブルに着席させる。木製のテーブルの上には、すでに大きなボールに入ったサラダと、小さな鍋に入ったスープ、それといくつかの黒パンがバケットに入っている。
スープから漂うコンソメの匂いに、少女が目を細めてウットリしていると、青年が今日のメインディッシュを皿に盛りつけて運んできた。
「お待ちどうさま。今日はリーズが釣ってきてくれた、白身魚のムニエルだよ」
「わはぁ! おいしそーっ! いただきますっ!」
バターと岩塩の香りが白い湯気と共に立ち上り、大きな魚の切り身は程よく焦げ目がつている。
お腹がペコペコの少女は、あっという間にムニエルを切り分けると、その可愛い顔からは想像できないほど大きな口を開けて、頬張った。淡白な白身魚の切り身は、塩や油、それに「焼いた」ことによる味が足され、少女の舌を楽しませた。
「ぅんまぁいっ! これだけでパン10個はイケるんじゃない!?」
「相変わらずリーズはよく食べるね。そして、とてもおいしそうに食べるね」
「だって~、シェラのは、ほんとーにおいしいんだもんっ!」
「そっか……足りなかったらもっと焼くから、遠慮しないで食べてよ」
もりもりと幸せそうに食べる少女を、青年は微笑ましく見守りながら、自身も黒パンに手を伸ばした。
だいぶ前にまとめて焼いた黒パンはかなり硬くなっている。これでもっと放置したら、投擲して敵にぶつけるくらいしか使い道がなくなるのではないかとも思うくらいだ。そろそろナイフなどでは歯が立たないので、コンソメスープに浸して食べる。
「パンはこれくらい歯ごたえがあった方が好き!」
「ははは………歯を折らないでね?」
しかし少女は、そんな事お構いなしに硬くなった黒パンを丸齧りしている。
この強靭な顎と食い意地には、付き合いが長い青年もただただ苦笑いするほかなかった。
一見すると、どこにでもありそうな、なんてことない平凡な日常風景。
世界の隅っこにある、小ぢんまりした家は、あらゆるしがらみから無縁のように思える。
少女の正体が、わずか2年前に「魔神王」の破壊から世界を救った勇者であることを除けば――――
少女勇者リーズの名は、この世界で誰一人として知らぬ者はいない。
情熱的な紅の髪の毛に、世にも珍しい右が金で左が銀のヘテロクロミアが特徴的で、男女問わず魅了するほどの圧倒的な美貌を持つ。
魔神王を討滅したことで、今やその権威は王侯貴族をしのぎ、今後の世界を導いていく人物になると期待されているのだが……
今彼女がのほほんと過ごしているのは、世界の辺境にある開拓村の一軒家。
そしてこの家の主は、少女勇者に食事を提供している青年――アーシェラ。
こちらは、一見するとどこにでもいそうな平凡な優男で、顔立ちも悪くはないが、リーズと比べてしまうと明らかに格が劣る。
アーシェラは、実はもともとリーズが魔神王討伐のために組んだパーティー初期メンバーの一人だった。
しかし実力不足から二軍落ちしてしまい、最終的にはパーティーの雑用係。家柄も何もなかったので、魔神王討伐の凱旋祝賀に招かれることもなく、若いながらも静かに隠遁していた。
この開拓村には、魔神王の軍勢が齎した破壊の跡が色濃く残る以外は、どこにでもある自然が広がるだけ。人類繁栄の中心地の栄華とは、比べ物にならないほど貧しい場所だ。
なのに――――――突然の訪問から10日目の今でも……
勇者リーズは、まだ帰らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます