7日目 役割
お昼ご飯を挟んで延々と糸を紡ぐこと数時間、リーズたちはようやく「切れない釣り糸」を5本編むことができた。作る釣り竿の数は4本だけだが、残りの1本は釣りが終わった後リーズからミルカにプレゼントとして渡す分である。
「ん~っ!! これで最後の1本終わりっ!」
地道な作業が続いたせいでやや窮屈な思いをしていたリーズは、最後の釣り糸が仕上がると、うーんと背筋を伸ばした。もともとリーズはこういった作業は好きではなかったが、それでも完成したものを見ると、やり切ったという爽快感が湧いて気分がいい。
「お疲れ様リーズ。ミーナとフリッツもよく頑張ってくれた」
「はい村長、こんなことでいいならいつでも頼んでください」
「羊さんたちの毛を糸にするときには手伝ってくださいね♪」
子供二人も、文句を言わずよく働いてくれた。
町の子供ならまだまだ遊びたい年頃だろうに、二人はむしろもっと仕事をしたいと言わんばかりだった。
特にフリッツはずっと魔力を流しっぱなしだったので、額にかなり汗がにじみ、顔色も若干青くなっていたが、仕事をやり遂げたその表情はとても晴々していた。
「それにしてもシェラ…………あれだけたくさんあった蜘蛛の糸が、もうこれだけしか残ってないのね。釣り糸があと1本作れるかどうかってところかな」
「糸を頑丈にする術を掛けると、繊維がより密集して縮んじゃうんだ。ホント、足りてよかったよ」
リーズは改めて釣り糸を5本手に取ってみた。乾燥してかなり細くなった蜘蛛の糸を3本ずつ束ねて、その上から術強化を施しているのでとんでもない強度になっている。もちろんリーズが全力で引っ張ってもびくともせず、これで服を編めば本当に剣を弾いてしまいそうだった。
しかし、アーシェラの言う通り、糸の密度がさらに圧縮したせいで糸全体の長さが縮んでしまっており、1本20メートルの長さの釣り糸を作るのに、その10倍近い長さの蜘蛛の糸を消費した。服を編むだけでも5年近くかかるというのは、誇張でも何でもないのだ。
「これがもっと簡単にできれば、僕のような強化術士たちも、もうちょっと日の目を見るかもしれないんだけどねぇ」
「そうだねシェラ! フリッツ君、シェラがもっと活躍できるように、もっともっと簡単に丈夫な糸を作る研究頑張ってね!」
「は、はいっ! 頑張りますっ!」
「僕からもお願いするよフリッツ。さて、みんなが頑張ってくれたご褒美に、おやつのスコーンを焼いてあげよう」
『やったぁーっ!!』
おやつを作ってくれると聞いて、3人は俄然目を輝かせた。ミーナとフリッツはともかくとして、なによりリーズが一番喜んでいた。
「生地はあらかじめ冷やしてあるから、あとは焼くだけなんだけど、少し時間がかかるからしばらく待ってて」
『はーい!』
こうして、二人の子供と一人の大きな女の子のために、アーシェラはおやつの用意を始めた。久々にアーシェラのおやつが食べられると聞いて、3人はウキウキワクワクが止まらなかった。
「これがあるから、村長のお仕事のお手伝いは毎回楽しみだよね!」
「ねーっ!」
「うんうん、リーズもその気持ちすっごくわかる! シェラからおやつ貰えるなら、リーズは毎日糸車回してもいい!」
魔神王を倒した勇者が、おやつのためだけに糸車を回せると断言するのも、なかなかすさまじいことだが、それだけリーズはアーシェラのおやつに期待を寄せているのだろう。
リーズがアーシェラのおやつにありつけたのは実に数年ぶりで、この村に来てからは初めてだった。
「そういえばフリッツ君っていつもは魔術の研究をしてるの? あんまり外で見かけることないよね」
「ええっと……それもありますけど、普段は魔術を使う特訓をしたり、術道具の研究をしたりしているんです。僕は見ての通り、生まれつき体が弱くて……レスカ姉さんみたいに激しい運動をすると、すぐに貧血になってしまうんです。だから、こんなことでしか役に立てなくて……」
「えー、そんなことないよ! ミーナはあまり頭よくないから、フリッツ君みたいに術がたくさん使えるのはすっごく羨ましいんだよ! ミーナもお姉ちゃんくらい術が使えるようになりたいな~」
「くすっ、二人とも頑張り屋さんなんだね。大丈夫だよフリッツ君、体を動かすばかりが仕事じゃないってことは、シェラが教えてくれてるじゃない♪」
「そうですね……村長は村の知恵袋ですから、僕もあんなふうになれるようにたくさん勉強しなきゃ」
生まれつき体が弱いフリッツには、レスカのように武器をもって勇敢に戦うことは向いてないし、ブロス夫妻のように森の中を縦横無尽に走り回ることもなかなかできないだろう。だが、彼には「魔術の才能」というほかの人にはない長所を持っているのだから、それを生かすためにも今のうちに勉強に励んだ方が、村のためにも自分のためにもなりるに違いない。
アーシェラだって、普段は村人の中ではあまり仕事をしていない方だが、だれも文句を言う人がいないのは、彼が村全体をきちんと見てくれているとわかっているからだ。
と、そんなことを話しているとき、玄関の扉がドンドンとノックされた。
「村長、レスカだ。入るぞ」
「あ、レスカ姉さん!」
「こんにちはレスカさん」
「こんにちはーっ」
扉を開けて入ってきたのは、フリッツの姉レスカだった。この時間帯は村周囲の見回りをしているのだが、それも一段落したのか、装備していた槍を家の外の壁に立てかけてきたようだ。
「フリ坊、仕事の調子はどうだ?」
「もう終わったよ。今村長におやつのスコーンを焼いてもらっているところ」
「何、スコーンだと!?」
スコーンと聞いて、レスカの目の色が変わった。
どうやらアーシェラのおやつが欲しくなる大人は、リーズだけではなかったようだ。
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