7日目 間食

 レスカは、仕事の区切りにフリッツの様子を見に来ただけなのだが、ちょうどおやつを作っているタイミングでの訪問になってしまった。

 台所からは、小麦粉と蜂蜜が焼けるようないい匂いが漂ってきており、速足で村の周囲をくまなく歩いてきたレスカの小腹が「くぅ」と鳴いた。


「そ、そうか……おやつか! まあ、せっかくフリ坊が頑張ったんだから、それくらいのご褒美はあってしかるべきだな!」

「レスカ姉さんも食べる? よかったら僕の分を分けてあげるよ」

「何を言うんだフリ坊! お前が頑張ったんだから、何もしていない私が口にするなど…………!」

「じゃあリーズがあげようか? レスカさん、ちょっとお腹が鳴ったよ」

「いや……リーズさん、勇者様から貰うだなんてそんな恐れ多いことは……」

「じゃあミーナが!」

「いいと言っている! 私は大人だから、これくらい我慢できる!」


 明らかにやせ我慢をしているレスカは、顔から火が出そうなほど真っ赤にしていた。

せっかくのおやつを食べたくないと言えばうそになるが、彼女は非常にまじめなので、何も手伝っていない自分が、子供たちのご褒美のおやつをもらうことに二の足を踏んでいるようだった。これがブロスやミルカだったら、むしろ「すこしちょうだい」と言って、勝手に一欠片とっていくところだろう。

 まあ、それ以上に、お腹が鳴ったのがバレたのが恥ずかしいというのもあるのだろうが…………


「ふふっ、レスカさんは欠片じゃ足りないよね」

「うっ……村長! いや、これはだな……! 決して私はおやつ目当てにここに来たわけじゃなくて、ただフリ坊が!」


 そんなところに、オーブン窯でスコーンを焼いていたアーシェラが台所から戻ってきた。どうやら先程までのやり取りの一部始終をきちんと聞いていたようだ。


「こんなこともあろうかと、きちんとレスカさんの分まで焼いたからさ、一緒に食べていきなよ。椅子は台所から持ってくるよ」

「え、私もいいのか!?」

「へぇ! シェラ、レスカさんが来ることがわかってたんだ!」

「レスカさんのことだから、いつもと違うことをしているフリッツ君のことが気になっているはずだって思ってね。ちょうど見回りから帰ってくるころだろうし、こなかったとしてもフリッツ君に持って帰ってもらえばいいかなって」


 これぞまさに、村人全員の仕事を把握しているアーシェラだからこそできる気配りと言えるだろう。

 アーシェラは机の上にお皿を5枚並べ、その上に焼き立てのスコーンを2個ずつ乗せた。

 焼きあがったばかりのスコーンは黄金色に輝き、ところどころに茶色い焦げ目がついている。小麦粉に蜂蜜が練りこんであるのか、甘く落ち着いた香りが、仕事を終えてやや疲労している脳をたちまち虜にする。


「そのままでも食べられるけど、ベリーのジャムもあるから、好きな量を乗っけて召し上がれ」

『いただきますっ!!』


 リーズたちは思い思いにスコーンを手に取り、口に頬張った。

 アツアツの生地が、口の中でサクサクと音を立てて崩れ、甘みがふわっと広がっていく。


(おいしいっ! おいしすぎるっ! 2つしかないから大切に食べなきゃいけないのにっ!)


 お菓子一つでここまで幸せな気分になれるのかと、リーズは思わず叫びたい気分になった。

 アーシェラはもしかしたら魔術でお菓子に何か込めたのかもしれない。そう思えてならないほど、スコーンの味がリーズを楽しませた。

 そして二口目は、アーシェラ手作りのジャムをスプーンで乗っけて食べてみる。すると今度は、甘さの上にベリーの甘酸っぱさが加わって、より複雑かつ芸術的な味に変化した。


「どう? リーズ、おいしい? って聞くまでもなさそうな顔をしているね♪」

「うん……♪ 今まで食べたお菓子の中で、一番美味しかった! お店に出したらきっとすぐに売り切れちゃうんじゃないかな!」

「あはは、さすがにそれは大げさだけど、普通のお店には負けない味にはなったと思う。リーズに食べてもらえると思うと、いつもより気合が入るからね」


 甘いものを食べながら、さらに甘々な雰囲気を醸し出すリーズとアーシェラ。それを間近で見せつけられたレスカとフリッツは、思わず口から砂糖を吐き出しそうになった。


(村長とリーズさんは昔からの馴染みだとは聞いていたが……)

(な、なんかお菓子が急にドロドロに甘くなってきたんだけど!)


 その後、ミーナは飲み物にミルクを選んでいたが、レスカとフリッツの姉弟は苦めのお茶が欲しいと頼んだのだった。

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