7日目 仲間

「ほほう、これがフリ坊の言っていた切れない糸か…………なんだか釣り竿に使うのがもったいない出来栄えだ」

「これならきっと鯨も釣れると思うな。多分、人の方が持たないと思うけど」


 食後のお茶を啜りながら、レスカも「切れない釣り糸」を手に取ってみた。

 彼女の言う通り、魚を釣るだけならこれほどの強度は必要ないのだが、釣り好きのミルカが一目置くような釣竿を作るからには、できる限り高性能なものにしたかった。

 竿の方はブロスと彼の父親が用意しているので、明日にはこの糸と竿を組み合わせて最高の釣り竿を作り上げるのだ。


「しかしリーズさんも、よくあのミルカに釣り勝負なんてものを挑もうという気になったな。勝つか負けるかは別にして、あいつは釣りに関しては色々めんどくさいからな」

「う~ん、ユリシーヌさんにも同じこと聞かれたんだけど…………ミルカさん、なんだかリーズに心を開いてくれてない気がして、それはちょっと寂しいなって思ったの。それにミルカさんも、いつもはあんなふうだけど、きっと寂しい思いしているんじゃないかって」

「リーズお姉ちゃん! そこまで……うちのお姉ちゃんのことを…………!」


 ミルカは村人たちの中でもかなり協調性に欠ける人物ではあるが、やることはきちんとやっているし、他の村人に迷惑をかけているわけではないので文句の言いようがない。

 それに、この開拓村に棲む村人たちは誰も彼もが、アーシェラも含めて何かしらの事情があってこんな辺境まで逃げてきたのだから、そのあたりはお互いに詮索しないのも暗黙の了解だ

 ただ、それを加味しても、ミルカはどことなくほかの人と壁を作りがちだと感じた。

 おそらく自分の趣味に全力投球しているので、そのほかのことにあんまり関心がないだけなのかもしれないが、やはりいつ見ても彼女だけ村人の中でひときわ浮いている。

 そして、村人たちもまたそれをわかっているのか、表面上は仲がよさそうに見えても、実際はミルカのことを避けているような気がしてならない。


「リーズは……ミルカさんとも仲良くなりたいの。ううん、それだけじゃなくて、ミルカさんももっと村の人たちと仲良くしてもらいたいの。シェラが数少ない村人として受け入れた人だから、悪い人のはずがないから!」

「そ、そうだね……そこまで断言されると、ちょっとこそばゆいけど…………リーズの言う通り、ミルカさんは仲良くなりたくないわけじゃないことは確かだ。ただ、さすがにあそこまで本格的な趣味に付き合える人はなかなかいなくてね」

 ところが、リーズが村に来てから、そんな雰囲気が徐々に変わってきたように思える。

 勇者リーズは、誰とでも分け隔てなく仲良くなりたかった。そして、そんなリーズの心が伝わったのか、村人たちはリーズを通してほかの村人たちとの交流を再び深め合い始めていた。


「そうだな……私も何となくミルカには苦手意識があったが、いつかは腹を割って話してみるのもいいかもしれないな。リーズさん、こんなことを頼むのもなんだが、あいつに仲間と一緒に楽しむということを教えてやってくれ。私は仕事柄なかなか村を離れられないが、こうして茶を飲む時間くらいは作れるからな」

「リーズお姉ちゃん、それに村長。ミーナからもお願いしますっ!」

「うん、任せてっ! みんなで一緒になって楽しむことも悪くないって、ミルカさんが思ってくれれば、みんなもっと仲良くなれるはず! ね、シェラ!」

「そうだね。僕もミルカさんに対してはちょっと遠慮していたけど、仲間外れの村人がいるのは村長として何とかしないとね」


 リーズは、昔からいつも人々の真ん中にいた。

 そして、村に来てまだ数日しか経っていないにもかかわらず、彼女はすでに村人たちの真ん中に立って、手を取り合おうとしている。

 リーズ自身、特に深いことは考えていない。仲良くできる人とは仲良くなりたい、ただそれだけの事。だが、そんな素敵な心こそが、彼女が勇者たらしめる一番の理由なのかもしれない。



「よし、では私たちはそろそろ夕方の訓練を始めるか。フリ坊、まだ体力は残っているな?」

「大丈夫、スコーン食べたらまた元気が出てきた。村長、おやつごちそうさまでした」

「手伝ってくれてありがとうフリッツ。またよろしくね」


 おやつの時間が終わると、レスカとフリッツは体力を養うための訓練に向かった。フリッツは体が弱いとはいえ、弱いままではだめだという事で、毎日少しずつ体力づくりを行っている。


「シェラ。リーズはミーナちゃんと一緒に糸を届けて、羊のお世話を手伝ってくるね! 夕飯までには戻るから!」

「おじゃましましたーっ!」

「いってらっしゃいリーズ。ミーナちゃんも、今日はありがとう」


 リーズも、おやつを食べて元気が余り気味なのか、ブロスの家に糸を届けて、今度はミーナの仕事のお手伝いに行くようだ。

 アーシェラは一人残って片づけを行う。ついさっきまでにぎやかだった家が急に静かになり、ちょっとだけ寂しい気分になった。


「リーズ……君はいつまで村にいてくれるんだろうか」


 初めは珍しいお客様扱いだったリーズは、いつの間にかその存在が村になくてはならなくなりつつある。もしリーズがいつか村から去る日が来たら…………寂しい思いをするのはアーシェラだけではないだろう。

 この何もない小さな村は、いつまでリーズの心を繫ぎ止められるだろうか。

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