7日目 手

 頑丈な糸を使って防具を作る技術は、古くからそれなりに知られていた。

 今はもう魔神王に滅ぼされて亡なくなってしまった、アーシェラの故郷の国では、丈夫な糸にさらに強化術を織り込んで、剣をも通さない服を作る技術があったという。だが、それは途方もない労力がかかり、剣を通さない服を一着縫うのに5年近くかかったという。


「今までの技術だと、切れない釣り糸1本作るのにも平気で1ヶ月はかかっていたんだけど、フリッツの研究のおかげで、そこまで時間がかからないで作る方法が見つかったんだ」


 滅びた国の技術は一度失われかけたが、アーシェラは仲間たちの就職斡旋をして各地を走り回っている間に、いくつかの資料を回収できたらしい。それをさらに、現在のより進んだ魔法技術を学んでいるフリッツが応用したのだとか。

 今回の釣り糸づくりは、新しい魔術の実地実験を兼ねていのだ。


「へぇ~! すごいじゃないフリッツ君! 将来発明家になれるかしら!」

「そ、そんな……勇者様に褒められるほどのことじゃ……」

「ははは、確かにまだ成功したと決まったわけじゃないからね! それじゃあさっそく始めようか!」


 そんなわけで、二つある糸車に合わせて、4人も二つのチームに分かれる。

 リーズはアーシェラと、ミーナはフリッツと組んで、それぞれの糸車に蜘蛛の糸をセットした。普通の糸づくりなら、一人でひたすらハンドルを回しつつ糸を結っていけばいいのだが、今回は糸に強化術を施しながら糸を紡がなければならないので、二人一組で作業を行う必要がある。

 昔からのやり方だと、ここから魔力を通す役が、指一本分の長さごとに長めの呪文を唱えながら糸を作るので、非常に時間がかかっていた。だが、今回はあらかじめ呪文を刻印した木の棒のようなものを糸に当てて魔力を流すだけで、長かった呪文を刻めるようにしてある。


「シェラ、動かしていい?」

「いいよ。けど、最初はゆっくりね」


 知らない人が聞いたら一瞬勘違いするような会話だったが…………誰もそんなことを気にすることなく、釣り糸づくりは始まった。


 作業はとても地味だった。

 ただひたすらハンドルを回すリーズと、真剣な表情で棒を糸に当てて魔力を流していくアーシェラ。初めて糸車を回すリーズは、最初のころこそ比較的楽しそうだったが、時間がたつにつれ、ずっと続く単調な作業に少しずつ苦戦し始めた。


(うーん……糸をつむぐ仕事も大変なんだなぁ……)


 一見すると簡単そうに見える手作業でも、思っている以上に大変なことなのだと、リーズは改めて学んだような気がした。

 職人と呼ばれる人々を馬鹿にするわけではないが、少なくとも命がけで戦っている冒険者や兵士よりかは楽な仕事だと思っていたのだが、こうして糸車のハンドルを回すということも、何も考えずに出来ることではない。

 リーズはひたすらアーシェラの手を見て、早すぎないか遅すぎないか慎重に見極める。ちょうどいい速度を保つのはなかなか神経を使うもので、ちょっとでも早いと、アーシェラが持っている棒が奥のほうにちょっとずつずれていくし、逆に遅いと手前の方に行く。

 そんなことをリーズが思っていると、アーシェラが優しく声をかけてくれた。


「うん……リーズ、その調子! 僕のペースに合わせてくれてありがとう」

「え? そ、そう? リーズはただ、シェラの手を見てただけなんだけど」

「ふふっ、それこそ簡単にできることじゃないよ。それよりリーズも疲れてない? 大変だったら少し休んでもいいよ」

「ん、リーズはまだ大丈夫!」


 励ましの声をかけてもらえると、単調な仕事でも再びやる気が湧いてくるものだ。

 初めての作業なのに、アーシェラとリーズの息は実にぴったり合っていた。狩りの時もそうだったが、この二人の絆は本人たちが思っている以上に固いようだ。

 一方で、ミーナとフリッツの方を見てみれば、ハンドルを回す速さに四苦八苦しているようだ。


「ご、ごめんミーナちゃん! ちょっと早いかも……!」

「あれれ? む、難しいなぁ」

「大丈夫だよ二人とも焦らないで、ゆっくりやって大丈夫だから」

 

 その後も単調作業が続くが、徐々に慣れてくるころにはしゃべりながら手を動かすこともできるようになり、苦労もだいぶ和らぎ始めた。


「ねえシェラ、さっきから思ってたんだけど、シェラの手ってすごい綺麗だよね。何かお手入れしてるの?」

「綺麗? 僕の手が? う~ん、特に手入れとかはしてないし、そもそも自分で綺麗だって思ったこともなかったなぁ。むしろ、リーズの手の方が僕は好きだな」

「すっ……!?」


 アーシェラから唐突に「好き」と言われて、リーズは一瞬体がビクンとした。

 もっとも、彼が「好き」といったのはリーズの手のことだったが……


「そ、そんな……リーズの手なんて、いつもタコでいっぱいで、女の子らしくないんじゃないかって…………」

「それだけリーズが強くなろうと努力している証拠なんだから、むしろ誇ってもいいと思うな。もし馬鹿にする奴がいたら、誰のおかげでその手が綺麗でいられるのかって言ってやればいいんだ」

「シェラ…………ありがと。えへへ、シェラに褒められるんだったら、ほかの人に何を言われても気にならないもんね!」

「そうそう、その意気! 魔神王を倒した勇者の手なんだから、悪く言われる筋合いなんてないはずさ」


 初めに手がきれいだと言われたのはアーシェラなのに、いつのまにかリーズの方がべた褒めされている。

実はアーシェラも、なんだかんだでリーズに手がきれいだと言われたのが照れくさかったので、すぐにリーズの手を褒める話題に転換してしまったのだった。


「ねぇフリッツ君。村長とリーズお姉ちゃんって……本当に昔の仲間だったっていうだけなのかなぁ」

「う~ん……リーズさんはちょっと滞在するお客さんだって、村長言ってなかったっけ」


 一方で、リーズとアーシェラの甘い会話をすぐそばで聞かされる子供二人はたまったものではなかった。夢中で会話する二人に聞こえないように、ミーナとフリッツは小声でそんなことを話し合った。


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