7日目 仕事

 アーシェラの家のすぐ横は、小ぢんまりとした木造の小屋がある。

 その小屋は、村で使う共用の道具が色々と保管されている倉庫で、共用とはいえそのほとんどはアーシェラがよく使っている物だ。

 リーズは、この日初めて倉庫の中に入り、天井まで積みあがるほど多くの物品が整然と並んでいることに圧倒された。


「これ全部シェラが一人で整理したの!?」

「ふふっ、リーズが思っているほど大したことじゃないよ。小さな村の村長は時間ならいくらでもあるし、一度やっちゃえば何度も片付けなくて済むから、むしろ楽だよ」


 さすがは元勇者パーティーで、膨大な物資を管理していただけあって、アーシェラにとって整理整頓は朝飯前なのだろう。それに「初めにやっておけば後で楽」という考えも、以前からのアーシェラの持論だったなとリーズは改めて思い出した。

 リーズとアーシェラは倉庫にあるものを取りに来たのだが、アーシェラが倉庫の中をピシッと整理してくれていたおかげで、目的のものはすぐに見つかった。


「シェラが言ってた糸車ってこれだよね。意外と小さいね」

「そう、それ。たまにしか使わないから、コンパクトなものをブロスのお父さんに作ってもらったんだ」


 リーズが手に取ったのは、両手で楽々持てるほどの小さな糸車だった。町の製材所などにある立派なものと違い、かなり簡素なつくりになっていているが、一か月に数回使うかどうかならこれくらいでちょうどいいのだろう。

 二つある糸車を、リーズとアーシェラがそれぞれ一つずつ持って家に戻ると、ちょうど玄関の前に籠を持った子供が二人来ているのが見えた。


「あ、村長ーっ、リーズお姉ちゃんっ! こんにちわーっ!」

「お……おじゃましますっ」


 来ていたのは羊飼いのミーナと、レスカの弟のフリッツだ。

 ミーナはリーズたちを見てその場に籠を下ろし、片手を振りながら元気よくぴょんぴょん跳ねる。

 一方で、フリッツは若干緊張気味だった。

 明るい金髪に色白の肌、それに童顔で背丈もミーナとほとんど変わらないフリッツは、

ともすればきつい印象がある姉レスカとは対照的に、かなり華奢で儚げな雰囲気をしている。

 しかも、やや人見知りが強く、高名な勇者であるリーズ相手だとどうしても緊張してしまうらしい。


「二人とも手伝いに来てくれてありがとーっ♪」

「うん! ミーナもね、リーズお姉ちゃんのお手伝いがしたかったの!」

「ぼ、僕もっ! 僕にできる仕事があるなら喜んでっ!!」


 ほとんど毎日羊飼いの仕事をしているミーナはともかくとして、村で唯一の魔術士であるフリッツは、まだまだ修行の途中なので、出来る仕事が限られている。

 そのため、村長とリーズの仕事の手伝いが出来ると聞いて、大喜びで協力してくれた。


「今日は、フリッツには特に重要な仕事があるから、頑張ってもらわないとね」

「はい村長っ!」


 フリッツは、顔を真っ赤にしながらも両拳をぐっと握って精いっぱい張り切るアピールをする。その姿があまりにも可愛らしく、リーズとアーシェラは思わず顔を見合わせてクスッと笑った。

 だが「重要な仕事がある」というアーシェラの言葉に嘘はない。アーシェラは二人を家の中に招くと、二人が持ってきた籠の中身を確認した。

 入っていたのは、絹のような純白の糸の束で、手で掬ってみるとまるで髪の毛のようにさらさらとしている。そう、これは昨日リーズたちが森の奥で蜘蛛の魔獣インセントグリロから採取した糸だ。

 釣り糸を作るのを手伝ってもらうついでに、ミーナとフリッツにブロスの家から持ってきてもらったのだ。


「よしよし、いい感じに乾いたみたい」

「あのべたべたしてた蜘蛛の糸が、こんなにすべすべになるんだね! これで服を作ったらいいものができそう!」

「いいものどころか、もっと複雑な加工をすれば普通の剣じゃ斬れない服ができるよ」

「そんなに!?」


 リーズは糸の束から一本を抜き出し、ググっと引っ張ってみた。確かに、少し力を込めただけでは千切れない。

 インセントグリロの糸は、一晩中火で焙ることで粘液が乾いて固まり、より繊維が強靭になるという特徴を持つ。非常に便利な素材であることは間違いないが、やはりその分採取には危険を伴い、間違えてこの糸に絡まってしまうと、自力での脱出は非常に困難だ。

 なので、あのユリシーヌでも決して一人きりでは採取に行かない、地味に入手難易の高い素材なのである。

 

「で、これが釣り糸になるのね…………なんだかすごい贅沢してる気分」

「今のままでも十分頑丈だけど、ここからさらに強くして、絶対に切れない釣り糸を作るんだ」

「絶対に切れない釣り糸……!」

「これならお姉ちゃんにも勝てるね!」


 リーズとミーナは思わずゴクリと唾をのんだ。

 二人はこれならミルカに勝てると確信した。何で勝つのかはわからないが……

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