6日目 素材

 釣り糸の素材を吐き出す蜘蛛の魔獣インセントグリロは、相変わらず人間3人を見据えたままじっと動かない。リーズは、さっそく魔獣を討伐すべく鞘から剣を抜いた。

 ところが、すぐにアーシェラが攻撃しようとするリーズを制止した。


「とりあえず、あのインセントグリロを倒せばいいのね!」

「待ったリーズ。確かにインセントグリロは肉食で近付くと危険だけど、数が少なくて絶滅しそうな個体でもあるんだ。だから今回は、蜘蛛が吐き出す糸だけをもらっていこうか」


 そう言ってアーシェラが用意したのは、その辺に落ちていた長い木の枝だった。

 長さは大体3mほどあり、アーシェラが何とか一人で持てるほどの重さがある。


「インセントグリロは慎重な性格だから、遠くにいる相手には糸を吐いて動きを鈍らせようとしてくるんだ。だから、その性格を逆手にとって、糸をこの棒に絡めとるんだ」

「へぇ、そんなやり方があるのね! リーズがやってみたい!」

「私が糸を誘導するわ。体に掛からないように気を付けて」


 リーズがアーシェラから木の枝を受け取り、なるべく先っぽの方に絡ませるために、できる限り前の方に伸ばすように構えた。槍のような枝を剣のように構えるのはなかなか大変だが、力持ちのリーズにはこれくらい余裕だ。

 そして次に、ユリシーヌが足元にあった大きめの石を拾い、蜘蛛の魔獣がいる方向に勢いよく投げつけた。石は魔獣の脇にある大木にぶつかり、鈍い音を立てる。すると、インセントグリロは攻撃されたと思い込んで、リーズたちめがけて口から白い糸を吐き出してきた。


「きたきたっ! こんなところまで飛んでくるんだ!」

「いいよリーズ、その調子だよ!」


 リーズは初めてやるにもかかわらず、巧みに木の枝を振って、魔獣が吐き出す糸を絡めとっていった。素材に使われる糸だけあって、絡めとられる糸はどんどん重くなり、まるで水飴のようにドロドロと重なっていった。

 リーズと魔獣の攻防はそのまま5分以上続いたが、やがてインセントグリロは途中で糸を吐かなくなってしまった。


「あれ? どうしたんだろう?」

「もう体の中の糸を全部出し尽くしちゃったんじゃないかな。こんなにたくさん出したら当然か」


 リーズが持っている木の枝の先端には、すでに蜘蛛の糸の塊が直径1メートルほどの大きさに玉になっていた。それに、ついさっきまで毛を逆立てて必死になっていたインセントグリロも、なんだか元気がなくなって、しょんぼりしているように見えた。


「上出来よ、リーズさん。これだけあれば釣り糸が何本も作れる」

「うん……でもなんか、あの蜘蛛の魔獣がちょっとかわいそうに思えてきたかも」

「かわいそう?」


 向こうから襲ってきたならまだしも、人間の都合で魔獣を脅して、無理やり糸を全部吐かせたことに、リーズは何となく罪悪感を覚えたようだった。だが、ユリシーヌはもとより、アーシェラですら今までそんなことは考えてもみなかった。村人にとっては、魔獣は自分たちの生活を脅かす敵であり、インセントグリロも糸が利用できるから退治せずにいただけだった。


「シェラ、ちょっと待ってて!」

「リーズ?」


 リーズは、糸を絡めた木の枝を持ったまま駆け出し、ブロスとミネット号が待っているところまで戻ってきた。


「ヤアァリーズさん、おかえりぃっ! 村長とゆりしーは?」

「ブロスさんっ! 糸載せておいて! その代わりお肉を少しもらうね!」

「ヤヤっ、何に使うの?」


 糸をブロスに預け、代わりに解体した肉の塊を荷車から持ち出すと、リーズは大急ぎでアーシェラのところまで戻ってきた。


「せっかくあんなに糸をたくさんもらったんだから、お礼をしなきゃね!」

「え、魔獣にお礼!?」

「やっぱダメかな、シェラ?」

「いや、悪くはないと思う。けど、そんなことを考えていたなんて、ちょっと驚いたよ」


 なんとリーズは、インセントグリロに糸を出してくれたお礼として、狩ったばかりの魔獣の肉を放り投げて渡した。蜘蛛は、自分に向かって投げられた魔獣の肉を見て、攻撃かと思い数歩後ろに下がったが、何度かしげしげと眺めて、その強靭なあごで食らいついた。


「ごめんねシェラ、それにユリシーヌさん。リーズの勝手でお肉渡しちゃって。でも……なんだか落ち込んだ姿が見ていられなくて」

「いや、いいと思うよリーズ。幸い食糧にはそこまで困っていないし、たまには野生との交流も悪くない」

「リーズさんは人だけじゃなくて、動物にも優しいのね」


 インセントグリロに感情があるのかどうかはわからないが…………もしかしたら、将来魔獣を家畜にする日が来るかもしれない。そんなことを話しつつ、リーズたち四人は荷車を満載にして帰路に就いた。

 この日の獲物は思っていた以上に大猟で、犀の魔獣の肉と合わせて、しばらく食べるものには困らなそうだ。


「ブロスさんっ、それにユリシーヌさんっ! 今日は一日ありがとう!」

「ヤッハッハ! こっちこそ、久しぶりにエキサイティングできたってもんですよ! とってきた糸は今夜乾かしておくから、また明日取りに来てよ! 竿の方は私が作っておくからっ!」

「それと、ミルカとの釣り……私たちも一緒に行っていいかしら」

「もちろん大歓迎だよ! ねぇシェラっ!」

「うんうん、ブロス達が来てくれるならとてもありがたいよ。次はお弁当を用意していくよ」


 こうして、ミルカとの「本格的な釣り」にブロス夫妻も加わることになった。当日はより一層にぎやかになるだろう。


「えへへ、これでミルカさんももっと釣り友達が増えるね!」

「ん……そうだね」


 そういえば…………と、アーシェラはふと思った。

 そもそも今回の素材集めは、リーズがミルカと仲良くなりたいために釣竿を作ることが目的だった。今まで村の人々は、ミルカの本格的な釣りに付き合おうとする者はいなかったのに、村に来たばかりのリーズが、ミルカを仲間はずれにしたくない一心で頑張っている。

 ともすれば子供っぽいと思われるリーズだが、その純真で優しい心は、村人たちにいい変化をもたらし始めていた。

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