3日目 朝
3日目朝。
この日の朝も、リーズは朝食のいい匂いを察知して目を開けた。
いそいそと着替えてリビングに向かってみれば、アーシェラが楽しそうに鼻歌を歌いながら、料理をお皿に移しているのが見えた。
「シェラーっ! おっはよーっ!」
「おはようリーズ。昨日もよく眠れた?」
「うん! ばっちり! シェラも朝からご機嫌だね」
「ははは、リーズに朝食を作ってあげられるのは、数年前からずっとご無沙汰だったからね。またこうして僕のご飯を食べてもらえてうれしいよ」
アーシェラが用意した今朝のメニューは、大盛りのマッシュポテトに俵型ハンバーグのベーコン巻き、それと酢で和えたトマト付きのレタスサラダに、バケットに入った黒パンなど……昨日よりも若干豪華なラインナップだ。
「ハンバーグだーっ!! シェラのハンバーグがあるっ!!」
「お肉がまだ少し残ってたから、挽肉にして作ってみたんだ。リーズは昔からハンバーグが好きだったよね」
ベーコンで巻かれたハンバーグを見て、興奮して目を輝かせるリーズ。彼女は昔からハンバーグが大好物だが、特にアーシェラの作るものなら朝昼夜全部ハンバーグでもいいと思っているほどだ。
待ちきれなくなったリーズは、アーシェラに言われるまでもなく、台所から料理を次々にリビングに運ぶ。多種多様な香草や調味料を使っているからか、食欲を刺激する香りが容赦なくリーズに襲い掛かる。
「シェラっ! 早く食べよっ!」
「わかってるよリーズ。僕も張り切りすぎてお腹ペコペコだ」
こうして朝食の準備を済ませた二人は、テーブルに向かい合わせに座り、食前のあいさつを交わして食べ始めた。
以前のリーズは、お腹があまりにも空いているとほかの人を待たずに食べてしまうこともあったが、上流階級の生活をしてきた賜物か、きちんとアーシェラが席に着くまでフォークを持つことはなかった。
だが、その豪快な食べっぷりは以前のリーズと全く変わらない。俵型のハンバーグを一個丸ごと頬張り、幸せそのものを噛みしめるように満面の笑みで味わっている。
「えっへへぇ~♪ おいしぃ! リーズ幸せっ♪」
「よかった。今日は味付けをちょっと変えてみたけど、口にあったようだね」
アーシェラはこの村に住むようになってから、時々ほかの人々に料理を振舞うことはあるが、基本的には一人で作り一人で消費する生活をしている。なので、こうして他人に喜んで食べてもらえると、彼もまた嬉しくなってくる。
(この笑顔が見られるなら、毎日毎食作ってあげたいな)
だが同時に、アーシェラはリーズが人一倍よく食べることも知っている。
そもそもリーズがよく食べるのは今に始まったことではなく、彼女は昔から人一倍よく食べる女の子だった。
限られた予算内でリーズの食事を用意するのには、アーシェラもよく苦労していた。それどころかリーズを空腹で苦しませたくない一心で、自分の貯金まで切り崩すことすらあった。
アーシェラが出会ったころのリーズは若干丸かったが、戦うようになってからは見る見るうちにスタイルがよくなり、それと同時に戦闘力も爆発的に伸びた。
結果的にアーシェラの苦労が、リーズを勇者たらしめる原動力になったのかもしれない。
今日の朝食も、4人前と言われても納得できるくらいの量にもかかわらず、リーズは平気でどんどん口に入れていく。
「シェラっ! おかわりっ!」
「あー……ごめん、ハンバーグはそれだけしか作れなかったんだ」
「あうぅ、おいしすぎて一気に食べちゃった……」
「まあまあ。そんなに気にいったなら、夕方また作ってあげるから」
「本当に!? やったっ!」
あっという間に大好物のハンバーグを平らげてしまったリーズ。
やや残念そうな顔をする彼女を見て、アーシェラはほぼ脊髄反射的に夕方また作ることを約束してしまったが…………
(そういえばリーズはいつまでここにいるのだろう?)
気が付けば、リーズがこの家での生活に驚くほど速く馴染み始めたせいで、アーシェラは彼女が各地を訪問してまわっていることを忘れそうになっていた。
アーシェラ個人としては、リーズにはできる限り長く滞在してほしいが、もしかしたら彼女にはきちんと予定があるのかもしれない。
「えっへへぇ~、今からお夕飯が楽しみ♪」
「ははは……いくらなんでも気が早いよ、リーズ」
ただ、彼女の様子を見る限り、少なくとも今日は帰らなそうだった。
「リーズはかつての仲間たちを訪ね歩く旅をしているんだよね?」
「っ!」
リーズが朝食を食べ終えて、ホットミルクで一息ついていると、アーシェラは食器を洗いながらリーズに今後の予定を聞いてきた。
(いつか聞かれるとは思っていたけど……)
予想していたよりもちょっと遅いタイミングではあったが、いずれ必ず聞かれることはわかっていた。それに、自分がアーシェラに多少なりと迷惑をかけている自覚もある。いくら旧知の中とは言え、ここできちんと自分の気持ちをはっきりしておかなければいけない。
「そろそろ、次のところにいかなくていいのかい? 長い間王国を空けていると、王国の仲間たちも心配しないだろうか」
「……………大丈夫、旅の目的地は、ここで最後だから。シェラに会いに来るのは遅くなっちゃったけれど、シェラは、その……特別な仲間だから、最後にゆっくりしたいの」
リーズの顔は少しこわばっているが、その話に嘘はなかった。
彼女は約1年前の旅立ちから、ずっとアーシェラのところは最後に行くと決めていた。その方が、日程が余った分だけ彼のところに滞在できるし、なにより楽しみは最後まで取っておきたかったのだ。
「わがまま言ってごめんね……。でも、シェラとまた離れると、二度と会えない気がして」
「うーん、僕はもうこの地に骨を埋める気だから、また会おうと思えば会えそうな気はするけれど」
顔色一つ変えずに淡々と話すアーシェラとは対照的に、リーズの顔は若干うつむきがちで、拳が膝の上で不安そうにぎゅっと握られる。
「まあでも、確かにリーズが王国に帰ったら、そう簡単に外に出歩けなくなるよね。僕だけじゃない、ほかの仲間にもそう簡単に会えなくなる」
アーシェラはゆっくりと皿を食器棚に戻すと、リビングに戻ってきてリーズに微笑みかけた。
「リーズ、好きなだけゆっくりしていきなよ。王国が恋しくなって帰りたくなるまで、ずっとこの家にいていいからさ」
「……本当に? もっといていいの?」
アーシェラなら、きっと滞在を許してくれる……リーズはそんな甘えに近い確信を持っていたが、いざ彼の口からその言葉を聞くと、予想していた以上に嬉しい気持が湧いてくる。
「僕と君の仲じゃないか、遠慮することはない。こんな何もない村はすぐ飽きると思うけれど、自分の家だと思って思う存分羽を伸ばすといい」
「っ……シェラっ! 今、遠慮しないでいいって言った!? いったよねっ!」
「まぁ、多少はお手柔らかに―――――――ふみゅっ!?」
言い終わらないうちに、リーズはまるでヤマネコがとびかかるように、椅子からアーシェラの胸に飛び込んだ。
「えっへへぇ~……よかった♪ 今日からしばらく、シェラといっしょだ~♪」
「わかった、嬉しいのはわかったからっ! 急に抱き着くのは危ないからねっ!」
ひょっとして自分は早まったか――――アーシェラは一瞬そう思ったが、結局なんだかんだ言って、リーズのお願いを断ることなど、できはしない。
甘やかしすぎはよくないが、今までのリーズが背負ってきた苦労を考えれば、多少のわがままは叶えてあげたい。
(そうと決まれば…………)
アーシェラは今日の予定を変えることにした。
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