3日目 村
アーシェラの開拓村には、彼を含めて6世帯20人が生活している。
この地に村ができた当初から、2家族に赤ちゃんが生まれた以外は村人の流入がなく、半ば厭世的な若者たちの隠居生活の場所となりつつあるものの、開拓地特有の無秩序や成り上がりの欲望とも無縁であり、人々は悠々自適な生活を送っていた。
この日、アーシェラはリーズを連れて、森の近くにあるやや大きめの家に足を運んだ。
家は木造の2階建てで、その上1階部分の広さもアーシェラの家以上。さらには並ぶように厩舎が建っており、牛が3頭飼われている。
その厩舎の前で、ちょうど牛の乳しぼりをしている男性がいた。くせ毛の灰色髪に狐を思わせるような吊り上がった目とシャープな顔立ちで、全身深緑の服を着ているこの男性は、アーシェラが来たのを見て作業を中断すると――――――
「ヤァ村長! ヤアァ村長っ! 今日も村は平穏そのもの! 私の声もあっちの山まで届くくらいですなっ! ヤーッハッハッハッハ! ヤアァ村長! おはざっす!」
「おはよう、ブロス。朝から元気そうだね」
大声で捲し立てるような挨拶をする男性ブロスは、村のはずれの森で猟師と樵と酪農を営んでいる、森の何でも屋さん的な存在だ。彼がいないと、村人たちの食べ物の半分以上が作れなくなってしまうので、ある意味村長のアーシェラ以上になくてはならない人間かもしれない。
「そっちのかわいい女の子は誰? 新しく村に入ってきた人? それとも村長の親戚?」
「えっ?」
ブロスの言葉に、リーズは目が点になった。
あまりにも知名度が高くなったリーズが「誰?」と聞かれるのは久しぶりだった。
「なんだ、知らないのかいブロス。彼女こそ、魔神王を打倒した「勇者」リーズだ」
「オオォ! 勇者っ! まじでかっ! いままでずっと森にいたから、名前くらいしか聞いたことなかったよ~! ヤーッハッハッハッハ! どうも初めましてっ!」
「こちらこそ初めましてっ! いつもシェラがお世話になってます!」
リーズは、自分が誰か知らないと言われても、特に嫌な気分にはならず、むしろ普通に接してくれるのを嬉しく思った。ほとんどの人は、リーズを見ると必要以上に敬うか、どこかよそよそしいのだが、リーズ自身はそんな扱いは望んでいない。
「さて話は端折るけどブロス、肉を3つと牛乳を2缶欲しい。食いしん坊がしばらくうちにいるから、食べ物がすぐになくなってしまいそうなんだ」
「ちょっ!? シェラっ!?」
「アヤヤァ、それは仕方ないね。そんなに上等なお肉はないけど、いいかね?」
「もちろん、リーズは何でもよく食べる。5日かけて食べようと思ってたシチューが、2日で全部なくなっちゃったしね」
「だってっ! シェラのご飯がおいしかったからっ!」
顔を髪の毛のように真っ赤に染めて、両手をワタワタと上下に振るリーズを、アーシェラは「大丈夫大丈夫」と宥める。
「ヤッハッハ、おいしいなら仕方ないな! 村長、今度うちの家族も飯食いに行っていい?」
「それだけの分量の食べ物を持ってきたらね」
ちなみにブロスの家は奥さんと4人の子供、それに親2人がいる8人家族。村の人口の約3分の1がこの家の家族なのだから、凄まじい話である。
「ほいじゃ明日には森に狩りに出かけるかなっ。よかったら村長も勇者様も、一緒に行かない?」
「狩りをするの!? 行く行くっ! ねぇシェラ、いいでしょ!」
「もちろんだとも。リーズがいてくれれば、久々に大物が仕留められそうだ」
ここのところあまり身体を動かしていなかったリーズは、ブロスの狩猟のお誘いにすぐに飛び乗った。アーシェラも普段は戦闘はしないのだが、2軍だったとはいえ腐っても勇者パーティの一員だった彼なら、弓で鹿の魔獣をしとめるくらいは余裕でこなせる。この3人が組めば、普段は倒せないような強力な魔獣も狩れるかもしれない。
こうして、次の日の朝、狩猟に行く約束をしたリーズとアーシェラは、肉と牛乳をもらって家に帰ろうとしていた――――――その時であった!
「暴れモンスリノケロースだーーーーーっ!!」
「この村に向かって突進してくるぞーーっ!!」
村の入り口の方から女性たちの叫び声が聞こえたかと思うと、見張り台から半鐘がガンガンと狂ったように打ち鳴らされる。魔獣の襲撃だ!
「ヤヤッ! 魔獣の襲撃のようですなっ! こうしちゃいられない、弓を持ってくるっ!」
ブロスは魔獣を迎え撃つ用意をするべく、駆け足で家に戻ってしまった。
そして、強力な魔獣の襲撃とあらば、村長のアーシェラが指揮をとらなければならない。
「モンスリノケロースか……リーズ、家に剣を取りに戻る必要は?」
「大丈夫! リーズに任せてっ!」
リーズの愛用する剣はアーシェラの家に置いてきている。武器は持っていない。
にもかかわらず、勇者リーズは剣を取りに帰ることもなく、村の入り口へと向かった。
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