3日目 昼

 慌てふためきながら逃げ回る小型の魔獣を追いまわすように、平野の向こうから、もうもうと土煙が巻き上がる。

 小さな開拓村に向かって突進してくるのは、体長5メートル近く、岩のような肌と傷だらけの大きな角を持つ巨大な犀の魔獣『モンスリノケロース』。普段は温厚な性格の草食動物なのだが、縄張りにほかの生物が侵入すると、狂ったように怒り攻撃してくる迷惑な魔獣だ。

 どうやら、小型の肉食の魔獣がモンスリノケロースの縄張りにちょっかい出して襲われ、たまたま村の方角に追われてきたのだろう。小型魔獣は村の周辺に仕掛けられた魔獣対策の罠に次々にかかって脱落するものの、大型の魔獣モンスリノケロースはそんなものではとまらない。このままでは村に突っ込んできて大きな被害をもたらすだろう。


「アーシェラさんっ! 魔獣です、指示をください!」

「村長、強化術をたのむ!」


 アーシェラたちが村の入り口まで来ると、村の男女が各々手に武器を持ち、迎撃用意をしつつアーシェラの指示を待っていた。ここの村人のほとんどは、一人でも夜の森を歩けるほどの実力者ばかりだが、モンスリノケロースのような強力な魔獣は村で一致団結して撃退するほかない。

 だが、この日は違った。


「みなさんっ! わたくしは勇者リーズですっ! モンスリノケロースの相手は、わたくしとアーシェラにお任せください!」

「村のみんなには、村に入ってくる小型魔獣の迎撃をしてほしい! 時間がないから、今すぐに必要な強化術を掛ける!」

『!!』


 村人たちの目の前で堂々と宣言したリーズに、彼らは一瞬騒然とするも、強力な助っ人が来てくれたことでたちまち士気が大いに高まった。何しろこの村は、過去に大型魔獣の襲撃で、村人3名が重傷を負った経験がある。下手をすれば死者が出かねない命がけの戦いに、あの魔神王を打倒した勇者が来てくれる……これほど心強いことはない。

 アーシェラが、村人たちに防御上昇デフェンス速度上昇ヘイスト、それと治癒力上昇リカバーの強化術を付与すると、彼らはさっそくアーシェラに割り振られた方向の敵に向かっていった。


「シェラ、行くよっ! リーズにも術をお願い」

「よしきた! 防御上昇デフェンス速度上昇ヘイスト攻撃上昇アタックをかけるよ。魔神王を倒したリーズならなんてことない相手だろうけど、無理しないようにね。ブロスは側面から魔獣の脚を狙って!」

「ヤァ! 任された!」


 リーズが、魔獣に真正面から向かっていき、強化術をかけ終わったアーシェラが弱体術を仕掛けることでサポート。さらに側面からはブロスの弓が魔獣の脚を狙う。


(なんだかんだ言ってこれもまた懐かしい光景だ。あの頃は、そこらで罠にかかっている小型魔獣すら、目の前の大型魔獣よりも強そうに見えたというのに)


 アーシェラの脳裏に思い浮かぶのは、まだ駆け出しの5人で戦っていたころ…………

 初期パーティーは、リーダーで切り込み役のリーズ、槍一本で防御をこなしたエノー、貴重な魔術攻撃役のロジオン、偵察と罠解除の専門家ツィーテン、そして強化弱体のサポート係アーシェラという面子だった。

 全体的に防御力が低く、おまけに治療術が使えるメンバーがいなかったせいで、彼らはいつもボロボロで、おまけに金欠にあえいでいた。その中でも特にアーシェラは、大器晩成といわれる強化術士だったため、自分が足手まといになるかもしれない恐怖に、常に怯えていた。

 ただ実際のところは、あっという間に術力が尽きて何もできなくなるロジオンが最も無力化しやすかった。故に彼は……パーティー人材が充実すると、自分の限界を悟って去っていった。最終的にリーズとずっと戦っていたのは、いつも体中傷だらけだったエノーだけであった。


(ふふ、今になってようやくリーズと肩を並べられたかな……)


 リーズが勇者になってからアーシェラは常に裏方だった。だが、彼だってリーズと肩を並べて戦いたかった。

 久々に戦いでリーズの役に立てる、そう思っていた矢先に―――――


「派手にいくわよ! 倒れなさい!」


 リーズの叫びと共に、翳された右手から白い光が一直線に巨大な魔獣を貫いた。彼女が放ったのは、最前線で共に戦った仲間から教わった光魔術『パニッシャー』。強靭な生命の光で邪悪を貫く、勇者のイメージにピッタリな術攻撃である。

 哀れモンスリノケロースは、勇者リーズの光魔術の一撃を受けて顎下から腹、尾てい骨部にかけて、体にトンネルを開けられてしまい、突進の勢いのまま倒れ伏した。

 そのあまりにもでたらめな強さに、アーシェラとブロスは言葉を失った。


「ヤーッハッハッハッハ…………私の出番はなかったかな?」

「ブロス、君も残りの小型魔獣の掃討に移ってくれ」


 だが、すぐに気を取り直し、アーシェラはブロスに罠にかかった小型魔獣の処理を依頼した。

 そしてブロスが走っていくのと入れ替わりに、モンスリノケロースを仕留めたリーズが、アーシェラの下に走ってきた。


「やったよシェラっ! 村の方は大丈夫だった?」

「すごいじゃないかリーズ! さらに腕を上げたね! 君のおかげで村は罠が壊れただけで、ほとんど被害はないよ」


 戻ってきたリーズとアーシェラは、右手同士でハイタッチを交わした。これもまた、初期パーティーのときからの習慣だった。

 こうして魔獣の襲撃はあっけなく撃退され、おまけに貴重な魔獣の素材や大量の食用肉が手に入ったことで、村民たちは飛び跳ねんばかりに喜んだ。特にモンスリノケロースの素材は、売るだけで村が2年くらい生きていけるほどの収入をもたらすだろう。


「あのモンスリノケロースが一撃だ!」

「勇者様! おかげで村民全員無傷です! 感謝いたします!」


 リーズは村人たちに囲まれ、口々に感謝を述べられ、リーズも一人一人に握手して共に勝利を祝った。

 この大収穫はアーシェラも大喜びなのだが…………その笑顔にはどこか影が感じられた。

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