2日目 畑
「へぇ、シェラは薬草を育ててるんだ」
「まだ収穫には時間がかかりそうだけど、これから先の村の貴重な収入源にしたいからね」
午後、リーズはアーシェラと一緒に、家からちょっと離れた場所にある畑に足を運んだ。
約10メートル四方の柵で囲まれた土地には、背の低い樹が等間隔に植えられていて、緑豊かな葉を茂らせている。ここに生えている木の葉は、回復薬や解毒薬の原料となるものだが、お茶として飲まれることもある。
なんでも、この村は日照時間が長く温暖なので、薬草の栽培に適しているのだとか。
「懐かしいなぁ……冒険し始めたころは回復術を使える人がいなくて、おまけにお金もあまり用意できなかったから、薬も買えなかった」
「僕が自力で回復薬を調合できるようになるまでは、ケガするたびに苦い薬草を我慢して食べてたからね。文字通り苦い思い出だよ」
二人は、当時のことを思い出して、お互いに苦笑いをする。
なにしろ患部に直接塗るには、ある程度葉を加工しなければならず、手持ちが足りなくなって採取したての薬草をモリモリ食べて……お腹を下したこともあった。
「思えば、その頃からずっと、シェラはみんなのことを考えてくれてたよね。お金がないのに、必死で工夫して、少しでもみんなが楽に冒険できるようにしてくれた」
「…………もう二度と、仲間がいなくなる目に遭いたくなかったんだ。あの頃は本当に何もかも必死だった気がする」
「そしたら肝心のシェラが倒れちゃって!」
「無理するとみんなに迷惑が掛かるということも、あの時知ったよ」
薬草の葉を二人で見つめていると、冒険を始めたころの思い出がどんどん蘇ってくる。
今はみんなばらばらの道を歩んでいるけれども、共有した時間は消えることはないだろう。
「ふふっ、一時期は薬草の葉っぱを見るだけで嫌な気分になったのに、その薬草を育てることになるなんて、思いもしなかったよ」
「ホント不思議よね。苦くて苦くて泣きそうになったくらいなのに、今思えばあの味がちょっと懐かしいかも」
「涙目になってたけどね」とアーシェラは言いかけたが、口に出す前にその言葉は飲み込んだ。そのかわり、一本の薬草の木の前でかがむと、枝から丸みを帯びた葉っぱを一枚、プチンと摘み取った。
「ほら、食べてみる? あの頃の薬草よりは苦みはないはずだよ」
「え? ほんと?」
アーシェラが右手で薬草の葉を差し出すと、リーズは大胆にも彼が指で押さえたままのそれに、直接口で齧り取った。
半分ほどを歯で切り取って口の中で咀嚼するが…………みるみるうちに、口の中に独特の苦みと渋み、それに緑臭さが広がった。リーズの顔はたちまち涙目になり、思わず手で口を押えてしまった。
「んっ……うぇっ、やっぱ苦い……っ」
「やっぱり生はきついよね! この苦みは効き目成分でもあるから当たり前なんだけど……」
分かっていて食べさせたアーシェラに、顔を赤くして、上目遣いで抗議の目線を送るリーズ。そんな顔もまたかわいいのだが、あまり機嫌を損ねるのも悪いと思ったのか、アーシェラもまた残った半分を口に含んだ。
「っ!!」
瞬間、リーズの目が驚きで大きく見開かれ、顔がさらに真っ赤になった。
(シェラが私の食べた葉っぱを………!)
だが、肝心のアーシェラは目線を薬草の木に向けてしまっており、あまつさえ「やっぱり苦いなぁ……」と一人でつぶやく有様。
リーズはしばらく一人で顔を赤らめて悶々とする羽目になった。
その後は、アーシェラが畑の世話をするのを眺め、日が暮れたら家に戻る。
けれども、冒険を始めたころの思い出話は、語れば語るほど湧いてきて、夕飯が終わった後も二人はずっと話し込んだ。
結局その日は……勇者リーズは帰ることなく、アーシェラの家にとどまった。
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