19日目 告白

 アーシェラは、自分の本心を知って、愕然とするほかなかった。

 彼にとってリーズは世界で一番大切な人であると同時に、神聖不可侵の存在でもあった。彼女に尽くすのも、彼女を叱るのも、彼女を慰めるのも、全部彼女のことを思ってのことで、見返りは自分に笑顔を向けられているという一種の自己満足で十分だった。


 だからこそ、彼は気が付かなかった。アーシェラは、心の奥深くに「リーズはいつか自分の傍を離れる」という思いを常に抱えており、彼にそう思わせた原因がほかならぬリーズにあることに……。

 リーズは、自分に課せられた「勇者」の責務から逃げ出し、アーシェラの傍の居心地の良さに酔いしれて――――時を止めた。

 つまりアーシェラは、リーズが抱えている問題の原因をリーズに求めることを一切せず、必死に自分の心の中のあら捜しをしていたのだ。これを滑稽と言わずして何と言おう。


「ね、リーズ。実は僕も、リーズに謝らなければいけないことがあるんだ」

「え……シェラが? リーズに?」


 空を無数に流れる流星群のように、大粒の涙をポロポロ流すリーズの顔を、アーシェラは両手でゆっくりと持ち上げて、自分の顔に向ける。


「覚えてるかな。リーズがここに来て初めて、一緒に寝たいって言った日のことを。あの夜僕は……リーズに内緒で、エノーたちに手紙を書いたんだ。リーズがここにいるから迎えに来てほしいって」

「……………っ! シェラ……っ!」


 この日リーズは、生まれて初めてアーシェラに「怒り」という感情を、一瞬だけ向けてしまった。リーズはすぐに、自分にアーシェラを怒る資格はないと思い至り、自分の中の怒りを無理やり消した。


「ごめんね、リーズ。僕はずっと……このことをリーズに内緒にしてた。そうしないと、きっとリーズが心の底から僕に甘えてくれなくなる……そう、考えたから」


 もしアーシェラが、リーズのことを本当に心から信用していたら、リーズにこのことを早々に打ち明けていただろう。そしてリーズは、むしろ絶対にこの村から帰らないという決意を固め、アーシェラと一緒になって堂々と王国に絶縁状を叩きつけていただろう。

 けれども、アーシェラはそうは考えなかった。リーズはいつか離れて行ってしまうのだから、自分の我儘で止めることはできない……リーズが村を去るというなら、その考えを尊重してあげなければならない…………そんな風に考えていた。


(僕は、リーズと対等の立場に立てていなかったんだ! 僕は……リーズと同じステージに上がる努力をしていなかったんだ!)


 この関係は、一度壊さなければならない。アーシェラはそう確信した。

 このままではリーズもアーシェラも、甘い過去を夢見るばかりで、未来に向かって進むことができなくなる。

 言わなくては…………今、はっきりと!





「僕は……リーズのことが、好きなんだ。愛してるんだ」

「え……シェラ」

「ごめんねリーズ……僕はもう、君に大切なことを隠したくない。リーズ、ずっと……僕の傍にいてほしいんだ。ずっとずっと………‥君のことを見ていたいんだ!」

「ひ、ひぅっ……っ!」


 アーシェラの突然の告白は、リーズの心のど真ん中を貫いた。

 リーズは奇妙な声を上げ、全身が雷に打たれたかのように震える。

 だが、なおもアーシェラの追撃は止まらない。


「リーズ……お願いだ。君の本当の気持ちを聞かせてほしい」

「シェラ………リーズは……っ!!」


 感極まったリーズは――――アーシェラを押し倒す勢いで彼の胸元に飛び掛かり、化粧が落ちるのもかまわず、顔を思いきりこすりつけだした。


「リーズも好きっ! シェラのこと、愛してるっ! ずっとずっと! ずーっと! リーズはシェラの傍にいたいのっ!!」

「リーズ……」

「帰りたくないっ! 帰りたくないっ! あんなところに、リーズはもう帰りたくないのっ! シェラっ! 助けてっ! シェラぁっ!!」


 リーズは、茶会のときのそれとは比べ物にならないほど、心の愛を爆発させた。

 ここに来るまでずっと溜め込んでいたのだろう。心の奥の奥の、そのまた奥の……「勇者リーズ」という最後の一線をリーズはぶち破り、ひとかけらも残すまいと命一杯吐き出した。

 強く抱きしめるアーシェラの腕の中で震えながら泣くリーズに、魔神王を倒した勇者の面影は全くない。そこにいるのは、泣き虫で、我儘で、甘えん坊の、ただの少女リーズだけ。

 なんということだろうか。アーシェラは……魔神王ですら倒せなかった「勇者」を倒してしまった。まさに歴史的な損失と言えよう。


「ありがとう……リーズ。よく言ってくれたね。これで僕は、心おきなく戦えそうだ」


 アーシェラは、リーズの頭を優しく……優しく、撫でる。ポンポンと、跳ねるように、スルスルと流れるように…………

 頭を撫でられたリーズは、もう悲しむことも怒ることもせず、気持ちよさそうな表情で、されるがままにうっとりと目を細めた。


「シェラ……大好き。愛してる。もう、リーズを離さないで……」

「当たり前だよ。死んでも離すものか」


 幾筋もの流星が降り注ぐ夜空の下――ようやく二人は時計の針を前に進めることができた。

 アーシェラの腕の中に抱かれていたリーズが、ゆっくり体を持ち上げて、アーシェラの身体に覆いかぶさるように――――その唇を重ねた。

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