19日目 予告

 デートの帰り道――――アーシェラとリーズは手を恋人つなぎに組んで、仲良く夜の平原を歩いていた。

 流星群のピークは過ぎ去り、夜空を奔る白い閃光の数はめっきり少なくなったが、それでも時折すべての余韻を奏でるように、二人の頭上を星が流れていく。

 リーズが右手に持った術式ランプで足元を照らし、アーシェラは夕食が入っていたバスケットを左手につるしている。その足取りはとても満足そうだったが、時折歩調が乱れがちになるのは、まだ興奮冷めやらぬ心が逸るせいか、それとも―――――


「シェラ……♪」

「なぁに、リーズ?」

「リーズはね、シェラと恋人になれて、すごく幸せ♪」

「それは僕も同じだよ。もう、きみがどっかにいちゃうって心配しなくてもいいなんて……」

「ずっと一緒だよ、シェラ…………ずっと」


 リーズは、繋いだ手に少しだけ力を込めた。

 本心を曝け出しあった二人に遮るものは、もうほとんどない。後は、自分を引き戻しに来るであろう王国の魔の手を…………完膚なきまで叩きのめすのみだ。

 リーズは「勇者」だが、だからと言って一人ですべてを背負い込む必要はなかった。人々は、すべてをリーズに頼らなくても立ち直れる。そのことは、王国外の国々の人々が、自ら実践して見せてくれた。

 もう何も我慢することはない。これから先は、愛する人と、幸せな生活を送るのだ。


「村が見えてきたね」

「ふふふ、もう村の人たちはみんな寝ちゃってるかな? リーズたちが、もっとラブラブになったところを見たら、みんな驚くかな?」


 まあ、今更驚きはしないだろうが、きっと誰もが祝福してくれるだろう。


 リーズの「帰る場所」になったこの村は、夜になるともう誰も外を出歩かなくなる。

 しかし――――村の入り口に戻ってみると、白く輝く人影が、まるで二人を待っているかのように佇んでいた。そのあまりにも不自然に人影は、間違いなく村人ではない。

 その正体は………聖女ロザリンデだ。


「ロザリンデ……! 何でここにっ!」

「お久しぶりですね、勇者様。それに、アーシェラさんも一緒でしたか」

「ロザリンデさん、これは……「影」を飛ばす術ですか。王国の最新の魔術ですね」

「ええ、ご名答。私は今、旧街道の途中から「影」を術式で飛ばしているんです」


 二人の前に現れたロザリンデは、正確には本人の「影」を魔術で特定の場所に映し出したものだ。飛ばせる距離はまだ限られているが、影を飛ばした先にいる人間とは、会話くらいはできるようになる。


「勇者様、ダメじゃないですか。定時連絡もせずに、こんなところまで行ってしまって。私たちはとても心配したのですよ。今から迎えに行きますから、一緒に帰りましょう」

「それについては謝るわ。でも、リーズはもう帰らないって決めたの」


 優しく諭すように語りかけてくるロザリンデだったが、リーズは何の躊躇もなく王国への帰国を拒否した。以前のリーズだったら、ここまでしっかりと拒絶の意思は示さなかっただろうが、リーズにはもう「覚悟」が備わっている。


「アーシェラさん、これはどういうことです? 話が違うのではありませんか? 迎えの手紙をよこしたのは、あなたではなかったのですか?」

「いや、本当に申し訳ないですね。聖女様たちが来るのが遅かったせいで、事情が変わりました。勝手ながら、リーズはもう王国には返しません」

「…………そうですか」


 ロザリンデは、アーシェラに対しても詰るように向かってきたが、アーシェラもまた余裕の表情で返答した。それどころか、アーシェラは見せつけるようにリーズの腰を引き寄せ、それに合わせてリーズもノリノリでアーシェラの身体に寄り掛かった。

 これを見たロザリンデはやや驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して話を続ける。


「ですが、だからと言って素直に帰ることはできません。それに、此処まで来ているのは私だけではないのです。アーシェラさんが手紙で指名したエノーさんと…………リシャール公子も来ております」

「エノーと……リシャールが!? エノーはともかくとして、なんでリシャールが?」


 思いにもよらない人物が来ていることを知って、今度はリーズが驚いた。

 確かにリシャールとは仲は悪くなかったし、彼の活躍はリーズもよく知っている。だが、こんなところまでリーズを探しに来るほどの関係だとも思っていない。


「リシャール公子は、なんとしてでも勇者様を連れて帰ると意気込んでおります。ひょっとしたら、勇者様に好意を抱いているのかもしれませんね」

「!!」


 リーズの全身の毛がぞぞっと逆立つのを感じた。もうリーズには、自分の半身ともいえる、愛する人がいるのだ。ほかの人に惚れられるなど、気分が悪いことこの上なかった。


(もしそれが本当だとしたら…………リーズが排除するっ!)


 リーズが心の中で物騒なことを考えたことを悟ったのか、アーシェラはリーズを抑えるように一歩前に出た。


「なるほど、いいでしょう。公子は僕が直接説得してみましょう。彼は頭の良い方ですから、道理を説けばわかってくれるでしょう」


 もちろんこれはアーシェラなりの皮肉だ。アーシェラは、リーズを守るために、リシャールに舌戦を挑むつもりだ。それもこれも、すべては愛するリーズの為。果たし状に応じた相手との決闘に赴く覚悟を決めた。


「そこまで言うのでしたら、仕方ありません。明日の昼頃には、私たちはそちらに到着するでしょう。ああ、特に歓迎の準備は必要ありません。くれぐれも逃げることがないよう、お願いしますね」

「来ても無駄よっ! リーズは、もうシェラと愛し合ったんだからっ!」


 最後の言葉をリーズが言い終わる前に、ロザリンデの影は光の粒になって散った。もはや問答無用と言うことなのだろう。決戦は明日の昼…………そこで、すべてが決まる。


「シェラ…………」

「大丈夫だよ、リーズ。僕が最後まで、君を守ってあげるから」

「うんっ!」


 二人は、お互いの心を確認するようにその場で軽くキスをして、自分たちの家へ帰った。

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