楽しかったあの日

 5年前――――それはリーズたちがパーティーを組んでまだ半年くらいの頃。

 この日リーズたち5人は、魔獣の素材を求めて拠点の町からやや遠い場所に向かう最中だった。

 夏が過ぎ去り、陽がやや短くなったこの季節……彼らは本来、街道沿いの川辺で野営をする予定だったのだが、当初の計画を無視してなぜか彼らは、急な坂を登った高台の上にやってきていた。


「うーん! 思った通り、ここなら最高の景色が見れそうだわ! ねぇリーズ!」

「わぁ、夕陽がきれーっ!」


 頂上の高台に一番乗りをしたのは、濃い紫の髪をポニーテールにした、弓装備の軽装の女性ツィーテン。

 そしてそのすぐ後ろからはまだ13歳のリーズが、自分の身長よりも大きいのではないかと思うくらいの巨大な皮の鞄を背負って坂を上ってきた。

 普段は常に先頭を歩くリーズだが、こういった危険な場所や複雑な地形の先導は、パーティー最年長で冒険の知識がそれなりにあるツィーテンが行う。

 二人が、西の山に沈みゆく夕陽を眺めていると、すぐ後ろから男性陣3人がえっちらおっちらと登ってきた。


「おいアーシェラ、もうすぐだ、気をしっかり持て」

「大丈夫、お前の脚はちゃんと地についてる! エノーも足元気をつけろ!」

「あぅあぅあぅあぅ…………」


 道中に崖のような場所を登ったからか、高所恐怖症のアーシェラが顔を真っ青にして、足をガクガクさせながらエノーの肩を借りて登ってきた。ロジオンも最後尾から、二人が足を踏み外さないように、心配そうに上がってきた。


「シェラっ! しっかり! リーズが付いてるから!」

「あ……あぁ、ありがとうリーズ。エノーも……肩貸してくれてありがとう。助かった……」

「まったく、こういう所は役得だよな……」


 荷物を下ろしたリーズが、アーシェラの左とを取って、頂上に引き上げる。ようやっと人心地ついて、二人にお礼を言ったアーシェラだったが……エノーは、リーズに手を取ってもらったアーシェラに若干嫉妬しているようだった。


「あー……つっかれた! 本当にこんな所でいいものが見れるのかい姉貴?」

「なにょう、おねぇさんを疑うってのかい? 都会っ子のくせに生意気だゾ! ほら、とっとと野営の準備するよ」

「へーい……」


 見た目とは裏腹に若干虚弱なロジオンは、坂を上るだけで疲労困憊だったが、結局は立ち直ったアーシェラも含めて、すぐに野営の準備に入った。

 人数分の簡易テントを用意して、火をおこし、アーシェラが食材を調理する。


「シェラっ! 今日のご飯はっ?」

「あはは、今日は大したものはないよ。黒パンにチーズをのせて焼いて、果物と野菜のサラダ、それに道中で狩った鳥の魔獣の肉を焼くよ」

「リーズは人参はいらないからねっ」

「あ、じゃあ俺はピーマンいらん」

「俺はトマト抜いて」

「あんたたちっ! 好き嫌いしないで残さず食べなさいっ!」


 リーズが人参を拒否しようとすると、エノーとロジオンもここぞとばかりに拒否権を発動し、ツィーテンが怒る。このやり取りはいつものことで、アーシェラは苦笑いしつつも、容赦なく各人の嫌いなものが入ったサラダを取り分けた。


 そのうち陽がすっかり落ち、まだ術式ランプを買うお金もない彼らは、キャンプファイヤーの炎だけが灯の頼りとなる。この日の夜空は快晴で、秋の星座が満天に広がって見えた。これで周囲に生えている森の木々がなければ、もっと広大に見えただろう。


「さて諸君、今日は秋の流星群の日なの。上を見てごらん。もう結構な数の流れ星が流れていくのが見えるわよ」


 丸太に腰かけるツィーテンが真上を指さすと、確かに夜空には幾筋もの白い流れ星が走っていくのが見えた。


「ほんとだぁ…………リーズ、なんだかお星さまに手が届きそうっ!」

「へぇ、ツィーテンの姉貴は星の流れまで予測できるのか!」


 流れ星に目を輝かせるリーズと、何か勘違いしているエノーは、夜空を見上げてその美しさに見とれていた。


「おいおいエノー。知らないのか? こういう風に毎年決まった時期に星が降る日があるのさ。ま、俺も見るのは初めてだけどな」

「あはは、ロジオンはやっぱ外に出て正解だったね」

「そういうシェラも、此処まで登ってきて正解だったよねっ」

「ああうん、まあね……」


 そんなことを話している間にも、空を流れる星の数はどんどん増していき、やがて空が川になったのではないかと思うほど、白い閃光が夜空を埋め尽くした。

 毎年1回ある、秋の大流星群……ツィーテンはこれをパーティーメンバーに見せてあげたいがために、わざわざ寄り道したのだった。高いところが苦手と言う理由で反対したアーシェラも、この光景を見て思わずため息が漏れた。


「そういえばさ、流れ星にお願いすると願いが叶うって聞いたことあるんだけどさ、これだけ降ってればどんな願いでも叶うんじゃね?」

「ふっ!」


 エノーが唐突にこんなことを言い出した。だが、それを彼の隣で聞いたツィーテンが思わず吹き出してしまった。


「な、なんだよ姉貴!? 俺、なんか変なこと言ったか!?」

「いやいや、エノーくん、君はリーズと同じで純真だねぇ、お姉さんはいいことだと思うよ」

「うーん、なんか馬鹿にされた気分だな…………」

「で、そんな純真なエノーくんは、かなえたい夢とかあるの?」

「もちろん! 世界一の騎士になることさっ! 世界一の騎士になって、富と名声を極めるっ!」


 エノーはやはり単純だった。彼はもう15歳だというのに、多少夢見がちのようだ。


「んじゃ、ロジオンはどうなんだ?」

「俺か? 俺はやっぱり、新しい魔術を発見して、発見した魔術に自分で名前を付けるんだ! それで、あの大魔道ボイヤール先生に弟子入りして、一緒に研究を重ねてだな……!」

「具体的過ぎて星が困っちゃうなそれは」


 願いと言うよりも、目標になりつつあるロジオンに、ツィーテンは笑わずにはいられなかった。


「はいはーい! リーズはね! リーズの顔よりおっきなハンバーグがたべたーい!」

「そんなのでいいなら、星に願うよりも、隣にいるお兄さんに頼んだ方が確実ね」

「わかったよ。いつか作ってあげるよ」

「えっへへへぇ~、約束だよシェラ!」


 リーズの願いは……もう何も言うまい。彼女は将来の目標とかあまり考えない、刹那的に生きるタイプだ。


「じゃあシェラは?」

「僕かい? ん~……やっぱり僕は、故郷の復興かな。もし誰かが魔神王を打倒して、世の中が平和になったら、故郷に戻って、ボロボロになった故郷を取り戻すんだ」

「あなたは一転してえらい先のことを考えてるのね……」


 アーシェラの故郷のカナケル王国は、魔神王と邪教集団に滅ぼされた。彼はいつか、故郷の復興を夢見ており、冒険者をしているのはその元手を稼ぐためだ。もっとも、彼は人がいいので、パーティーメンバーのために貯金をどんどん吐き出してしまっているが…………


「そんじゃ、姉貴はどうなんだよ」

「そうだそうだ、文句ばっかり言ってないで教えろよ」

「私なんて大した夢はないよ。いろんなところ冒険して、華々しい活躍して、華々しく散って、吟遊詩人が私のことを歌にしてくれるのが、何よりの夢よ!」


 そしてツィーテンはエノーとはまた違った英雄願望の持ち主で、リーズとも違った意味で刹那的な考えの持ち主だ。経済を、出稼ぎ傭兵の仕送りに頼る彼女の故郷では、英雄的な死こそ最も名誉あるものだった。しかし、その考えには流石にメンバーたちは否定的だった。


「えーっ! それはだめだよっ! リーズが傍にいる限り、ツィーテンは死なせないんだから!」

「リーズの言う通りだよ、ツィーテン。生きてなきゃ、こうしてみんなでおいしいご飯を食べることも、笑い合うこともできないから」

「そうだそうだ! 姉貴も俺たちも、冒険者っていう名前の病気なんだ!」

「病名はレンジャーってか。まあ、姉貴がいないと俺たちは冒険できないんだよ」

「ははは、そうだね……私が間違っていたよ。流れ星には、願いを訂正しておこうか」


 こうして彼らは――――夜遅くまで流れていく星を見続けた。

 果たして夜の星々は、彼らの願いをどう受け止めたのだろうか?

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