19日目 贖罪
アーシェラは、今までリーズの様々な喜怒哀楽の表情をその眼で見てきた。
喜ぶときは太陽のように笑顔を輝かせ、怒る時は炎が燃え盛るがごとく直情的、悲しむときは周りが流す分の涙を一人で流し、そして毎日天真爛漫に気楽に過ごす。
しかし、今目の前にいるリーズの表情を、アーシェラはどう解析していいかわからない。
何か絶望的なものを見たように見開かれた目と、そこからあふれ出る涙。だが、口は怒りに震えて真一文字に結ばれ…………いったい何を混ぜればこんな表情になるのか。魔神王を前にしても、こんな表情はきっとしなかっただろうに、まるで世界の終焉を目の当たりにしたような…………
これには、さしものアーシェラも頭の中が大混乱に陥ってしまう。
(何!? なになになに!? なんか僕、拙いこと言った!? ツィーテンさんが亡くなったことがトラウマだった!?)
アーシェラが、リーズの見たこともない表情に恐怖して腰を抜かしそうになったと同時に、リーズは自分にかかっている毛布を脱いで――――――その場でアーシェラに土下座の態勢で頭を下げた。
「ごめんなさい……っ! ごめんなさいシェラっ! リーズは……リーズはっ! シェラに……謝ってなかったの! リーズだけ王国に行って、シェラにありがとうも言わずに…………ご褒美も何も上げなくて…………お手紙も出さなくて…………! それを謝らなきゃいけないのにっ! それさえもっ! リーズは忘れてたのっ!! ごめんなさいっ! シェラっ、ごめんなさいっ!」
「ちょっ! ま、まった! リーズ、謝るだなんてそんな!? 別に僕は!」
「違うのぉっ! リーズが悪いのっ! リーズは……リーズはっ! シェラに何もできなかったのにっ! 毎日毎日シェラに甘えてばかりでっ! だから、謝らせてほしいのっ!!」
「リーズっ! いいから落ち着くんだっ! 僕は逃げない……ここにいるからっ! いくらリーズが謝りたくて、泣いても叫んでも、謝ったことにはならないよっ!」
アーシェラは、駄々を捏ねる子供を叱るように、泣き叫ぶリーズの肩を両手でゆすり、とにかく落ち着く様強く言い聞かせた。
リーズは昔から、一度感情が迸ると自分でも制御が利かなくなることが多かった。そして、それを窘めるのはアーシェラの役目で、未だかつて他の人が止められたためしがなかった。なぜなら、誰もリーズを叱れないからだ。勇者を真正面から叱ることなど、誰が出来ようか。
「リーズ……なんで謝ることがなかったか、自分でわかるかい?」
「うん、わかるよ…………。リーズは、怖かったの。……終わるのが、怖かったの」
リーズは、仲間たちに会いに行く旅で、初めのうちは会って早々に謝罪の言葉を口にしていた。
なぜならリーズにとって今回の旅は、初めのうちは「謝ること」が目的だったからだ。誠心誠意謝って、たとえ許されなくても、自分の想いを知ってもらうことが初めの目的だったはずだ。
ところが、かつての仲間たちはリーズに謝ってもらうよりも、一緒に笑っていたかった。いまだに強固な横のつながりを持つメンバーたちは、訪ねてくるリーズに嫌な思いを絶対にさせまいと、わざと明るい雰囲気で歓迎し、なるべく謝罪を最後の方にしてもらうようにしたのだった。
そのせいで、リーズの中では無意識に「謝る=滞在の終わり」という考えが芽生えてしまった。
「そして僕は…………リーズをとことんまで甘やかしてしまった、というわけか」
もちろん、そのことが悪いことだとアーシェラは微塵も思っていない。
リーズには自由に生きる権利がある。アーシェラは単にそれを後押しをしているだけだ。
「ぐすっ、シェラ…………ごめん。本当に……ごめんなさい」
(気にしてないよ…………と言うのは簡単だけど)
正直なところ、アーシェラもまたほかの仲間と同様、リーズに謝ってほしい気持ちは全くない。
勝手に訪ねてきて、食べて寝てはしゃいで、また風のように去って行っても、アーシェラはリーズのことをこれっぽっちも嫌いにならなかったはずだ。
しかしアーシェラはここにきてようやく、リーズとの間に何が足りないのかに気が付いた。
しかもそれは、彼自身が認めたくないものだった。
(なんということだ……! 僕は………僕はっ! リーズのことを、ほんの少しでも、疑ってたというのか!!)
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