17日目 形
にこやかな雰囲気で始まった、ミルカ主催の女性だけの茶会。
まずは、ミーナとミルカの素敵な服装について、話に花が咲いた。
「君たち姉妹と過ごしてもう1年以上になるが、そんな立派な服を持っていたとは知らなかったな」
「レスカさんも、着たのを見たことなかったんだ! ゆりしーは?」
「私も初めて見た。でも、良く似合っていると思う」
リーズも含め、普段から同じような服しか着ていない彼女たちにとって、イングリッド姉妹のおめかしした姿はとても新鮮だった。
開拓村の人々は、誰もが例外なく毎日土埃にまみれた生活をしているため、おしゃれとかしていては仕事にならないのだろう。それにレスカもユリシーヌも、その朴訥な人柄ゆえ、服は着ることさえできればそれでいいとさえ思っている。
だが、今回のお披露目で、3人の意識に革命が発生したようだ。
「リーズお姉ちゃんは、王宮ではもっと豪勢なドレスを着ていたんじゃないの?」
「うーん…………リーズはドレスを着るのがあまり好きじゃなかったから、パーティーでも男の人の正装をいじったような服を着てたなぁ」
「ふふふ、筋金入りですわね、リーズさんは」
今思えばリーズは、不思議なことにパーティーで大勢の人が着飾っているのを見ても、イングリッド姉妹のようにきれいだなと思えたことが一度もなかった。リーズ自身、容姿を褒める言葉は毎日嫌というほど聞くのに、どんな服装をしても言われる言葉は変わらないので、おしゃれを頑張ろうと思えたことがなかったのだ。
「ふっ、そういえばイングリッド姉妹は元々裕福な家の出だったんだったな。その服は親の形見か?」
「まあっ、勝手に人の親を殺さないでくださいな。ですがまぁ、似たようなものですわね。この服は両親が私たちに残してくれた、数少ない宝物ですわ」
かなりきついことを言うレスカだが、なぜかその言葉は嫌味に聞こえない。そしてミルカも、怒るどころか軽い手ぶりも交えて笑顔で答えている。長い付き合いゆえの軽口の言い合いなのだろう。その光景がリーズにはちょっとうらやましく思えた。
「なるべく汚したくないので普段は長持の奥にしまってありますが、今日はせっかくの室内でのお茶会ですので、私たち姉妹の「完全体」をお見せしたいなと思いまして♪」
「おしゃれするのって楽しいんだね! リーズお姉ちゃんに「かわいい」って言ってもらえるようにって思うと、とってもわくわくするの」
ミルカの隣に座っていたミーナは、その場に立ち上がってくるりと一回転し、スカートのすそを持ち上げて決めポーズ。これには思わず女性陣は拍手を送ってしまった。
「だが、それだけではなさそうだなミルカ。念入りな化粧もしているな?」
「ご名答ですわレスカさん。薄いですが、しっかり効果が出るように気合を入れてみましたの」
「お化粧だけでこんなに雰囲気変わるんだ……! し、知らなかった!」
「あら? リーズさんはあの王国での生活で、お化粧とかしませんでしたの?」
リーズは更に衝撃を受けた。
確か化粧は王宮生活では毎日召使の人たちが念入りにやってくれていたが、リーズ自身があまりきれいになったという記憶がない。それこそ王宮の専属の召使なのだから、その手腕は確実にミルカを上回っていたはずだ。ところが、リーズの記憶には自分が可愛くなったという思い出がさっぱりない。そのことが、リーズは今更ながら不思議に思った。
(なんでだろう? リーズの顔はお化粧してもあまり変わらなかったのかな?)
リーズはよくわかっていないようだが、実はこれには理由があった。
そもそも彼女は、慣れない王宮生活と押し寄せるスケジュール、それに貴族たちの意味不明な思惑に常時晒されていたせいで、すべてをストレスに感じてしまっていた。そのせいで、感受性が一気に麻痺してしまい、綺麗なものを綺麗だと思えなくなっていたのだ。
王宮でのリーズは、常に「勇者」であらねばならなかった。プライバシーがほとんどなく、一瞬の隙すら見せることもできないのは、ある意味戦場よりも過酷な生活だっただろう。
「でも、リーズお姉ちゃんはお化粧しなくてもとってもきれいだから、ミーナみたいにお化粧する必要はないんじゃないかな?」
「そうね。あまりにもきれいだから、ブロスが取られないか気が気じゃなかったわ」
「や、やだなぁ! 大げさだよ! で、でもブロスさんが変なことしたら?」
「半殺しにして調教するわ」
「冗談が冗談になってないぞ……」
クールで男性に興味がなさそうなユリシーヌのすさまじく重い愛に、一同は恐怖を覚えた。考えてみれば彼女は4人も子供がいるのだ。人は見た目によらないものである。
「まあ、イングリッド姉妹はうらやましくもあるが……正直我らには綺麗な服も上手な化粧も必要なさそうだな」
「そだね。リーズも自然体が一番だと思う」
「……そうかしら?」
場の雰囲気が醸し出したのか……ユリシーヌの意識に変化が表れ始めた。
「私、ふと思ったんだけど、もし私がもっときれいになったら、ブロスは喜ぶかな?」
『!!』
ユリシーヌのその一言は、茶会の和やかな雰囲気に強烈な一石を投じた。
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