17日目 茶会
リーズが村に来てから17日目の午後――――
この日リーズは、大きなバスケットを手にイングリッド姉妹の家に来ていた。
彼女の顔は若干不安そうで、まるで気難しい依頼人の受けるために直接家を訪問するような緊張感に満ちている。だが、リーズは意を決して玄関の扉をコンコンッ、コンコンッと4回ノックする。
「ごめんくださーいっ、リーズでーすっ」
「はーい! お待ちしておりましたわ」
中からふわっとしたミルカの声が聞こえ、すぐに玄関の扉が開いた。
家の中から姿を現したミルカは、いつもの汚れてもいい恰好ではなく、裕福な商人の娘が着るような、青を基調とした控えめながらも上品な服に身を包んでいた。
リーズは思わず目を見開き、その美しさに興奮の色を隠せなかった。
「え……? ミルカさん、いつもと違ってすごくキレイっ!」
「まあまあ、勇者様に綺麗だなんて言っていただけて光栄ですわ。さ、さ、立ち話もなんですので部屋にどうぞ。ほかのお二人も先ほど来たばかりですわ」
ミルカに招かれてリビングに入ってみれば、やや大きめな机を囲むようにレスカとユリシーヌ、それにミーナが座っていた。レスカとユリシーヌの二人はいつも通りの服装で、レスカは動きやすさを重視した黒の布服、ユリシーヌはこんなところでも迷彩柄のローブを着用していたが――――ミーナは、ミルカと同じような育ちがいいお嬢様のような服を着ていた。
しかも、服が綺麗なだけではなく、なぜか全体的に華やかな印象を受ける。
「わあぁ! ミーナちゃんすっごくかわいいっ! お人形さんみたいっ!」
「えへへ……リーズお姉ちゃん、ちょっとおしゃれしてみたんだよ!」
リーズに褒められたミーナは照れ臭そうにはにかんだ。その表情がまた何とも堪らないほど愛らしく、リーズは思わずミーナにがばりと抱き着いてしまった。
「わわわっ!? リーズお姉ちゃん!?」
「えっへへへぇ~……ミーナちゃんはかわいいなぁ♪」
「ふふふ、良かったですわねミーナ。ですがいくら勇者様といえども、ミーナはあげませんからね。それとリーズさんのお席はこちらですわ」
リーズは上座に案内され、持ってきたバスケットを机の上で広げた。
中身はまさに宝箱のごとくぎっしり詰まっていて、手作りのクッキーやドライフルーツ、それにワッフルの原型のような焼き菓子など、女の子垂涎の甘味が満載だった。
「おいしそう」
「リーズさんを呼んで正解だったな。女子だけのお茶会で村長ご自慢のお菓子が食べられるとはな」
「ちょっとレスカさんっ! リーズはシェラのお菓子を運ぶのがお仕事じゃないよっ!」
「では次回から村長さんを女装させてお茶会に参加させましょうか♪」
「あはは! それいいかもっ!」
別の場所にいたアーシェラが正体不明の寒気を覚えたところで、村の女性たちだけによる女子会が、朗らかな雰囲気で始まった。
以前渓流に釣りに行った際に、ユリシーヌが採取した珍しいハーブを用いたお茶がミーナによって振舞われ、鼻を抜けるような爽やかな味と香りを楽しんだ。
「へぇ……あの時摘んだハーブってこんな味がするんだ。知らなかったー」
「ふふふ、実はユリシーヌさんはありとあらゆるハーブの調合の名人なんですよ」
意外な事実に驚くリーズ。寡黙で生真面目なイメージがあるユリシーヌにも女の子ならではのこだわりがあるのか…………そんなことを思った直後、本人はというと――――
「昔から毒薬の調合知識は豊富だったから」
「えー……」
「趣味と実益といったところだろうな」
なんのことはない。元暗殺者のユリシーヌは毒薬調合についての知識のおかげで、副次的に薬草やハーブ類の味や効能を知っているのだ。
だが、参加者の中にはそのことについて批判的になる者はいなかった。これがもし、王国の宮廷サロンでの貴族同士の茶会なら、ここぞとばかりに嫌味を言われまくってマウント合戦が始まるのだろうが、こんな小さな村の茶会ならそんなことを心配する必要は微塵もない。
過去の経緯がどうであれ、いま彼女たちがお茶の味を楽しめたのは、ユリシーヌが過去に積み重ねたものがあったおかげだ。
何が起きるか不安だったリーズも、彼女たちの和気あいあいとした雰囲気に包まれて、緊張を解きほぐされていた。しかし、茶会はまだ始まったばかり。この先どんな話題が、勇者リーズを待ち受けているのだろうか。
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