20日目 願望

 リーズから「自分のことが好きなのか」と聞かれたリシャールは、当然のようにこう答えた。


「当たり前じゃないか! 俺はリーズのことが好きだ! 世界一愛しているんだ!」


 アーシェラがあれだけ口にするのに勇気を要した「好き」「愛している」という言葉を、何の躊躇もなく言ってのけるリシャール。リシャールのようなイケメンの貴公子に「好き」と言われて、拒んだ女性はほとんどいない(ロザリンデは徹底的に拒否したが)。


「でもリシャールってさ、いつも違う女の子と一緒にいるよね。もしかしてみんなに対してそんなこと言ってるの?」

「これは手厳しいな。俺はあまりにも魅力的だからね、女の子の方がほっとかないんだよ。でも大丈夫! リーズにはきちんと「正妻」の座を用意してある! 光栄だろう? 俺の愛を誰よりも多く受けられるんだ!」


 傍で聞いていたロザリンデが思わずげんなりしそうになるほどツッコミどころ満載のセリフだが、リシャールにはこんなことを言うことを許されるだけの実力を持っているのもまた事実だ。

 残念ながらここまで軽々しく口にする愛の言葉に、リーズは全く魅力を感じなかった。だが、リーズは最後の情けとばかりに一つの提案をした。


「じゃあもしリーズが結婚したら、してほしいこととかある? リーズのことが好きなら、ちゃんと言えるよね?」

『え!?』


 リーズの言葉に、エノーとロザリンデは衝撃の余り、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 まさかリーズが、仮定だとしてもリシャールと結婚することを話題に出すとは思ってもみなかったのだ。二人はアーシェラの方を見るも、彼はいまだに余裕の表情だ。


(リーズ……! 何を考えているんだ! こんな男の毒牙に進んでかかる必要はないんだぞ!)


 エノーは心の中でそう叫んだが………直後のリシャールの言葉に、さらに絶句することになる。


「もちろん! リーズにしてほしいことは山ほどある! まずは、未来の公爵の一員として、礼儀作法を完ぺきにこなし、俺の妻の名に恥じない完璧な女性になってほしい! 跡継ぎもたくさん作りたい! そうだな、1番目と2番目は男子で、3番目は女子だ! それ以降も計画的に作ろう! そうすれば公爵家の将来も大安泰だ! ああ、もちろん夜の方もしっかりとこなしてほしい! 昼は淑女、夜は娼婦と言うだろう? それからやはり、勇者としての矜持を忘れることなく、これからも俺の隣で世界を導いてほしい! 公爵家の名は更に高まり、リーズの人生はこれから先もバラ色だ! あと、たまにでいいから君の手料理も食べたいな! 優秀な使用人は大勢いるが、やはり君の愛情がこもった料理が最高だろう! もちろん勇者だから、それくらい楽にできるだろう? ほかには――――」

「もういい、黙って。それ以上口を開くと、リーズの剣が喉を貫くよ」


 演説の途中で、リーズは剣を抜いてリシャールの首元に突き付けた。あまりの早業に、剣を抜いたことすら認識できず、いつの間にか首元に突き付けられた剣を見て、リシャールは言葉を失った。


「リシャール、前から思ってたんだけど、あなたこの先絶対に女の人と結婚しないで。結婚する女の人がかわいそう」

「だ……だけどさ、リーズ。愛しているなら………してほしいことを言えと言ったのは、君の方じゃ………」

「だからと言って欲望を言えとは言っていないでしょうに」


 ロザリンデが心の底から呆れたように言った。

 亭主関白と言うにはあまりにも度を越えた身勝手な要求の数々に、同じ女性として黙っていられなかったのだろう。いくら彼がモテるからと言って、こんな無体な条件を突きつけられてなお結婚したいという勇気のある女性は、どれほどいるだろうか。いたとしても、それは公爵家の財産目当てではなかろうか。


「では逆に聞きますが、アーシェラさんはリーズさんと結婚したら、してほしいことはありますか?」

「僕ですか?」


 今度はロザリンデの方から、アーシェラに同じような質問をしてみる。

 この時、まだ自分の何が悪いのかがよくわかっていないリシャールは、内心まだ勝ち目はあると淡い希望を持っていた。


(こんな下賤な俗物が、そんな高尚な考えを持ってるとは思えないな。貴様の貧相な本性をここで晒すがいい!)


 リシャールはこの期に及んでも、まだアーシェラのことを見下し続けている。

 そしてそのことが、どんどん敗北の道へ突き進んでいく原因になっていることに、最後まで気が付いていなかった。

 剣を構えたリーズのすぐ隣で、アーシェラはゆっくりと穏やかな口調で語り始めた。


「僕がリーズに望むことなんて、そんな大したことじゃないよ。まずは――――」

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