20日目 舌戦

 アーシェラとリシャールは、以前勇者パーティーにいた際も、何度か顔を合わせている。

 その頃のアーシェラは、自分自身が戦闘で役に立てないことを少なからず悔やんでおり、表面上は気にしてない風を装うも、戦いの実力がある人に対しては、気後れすることも多かった。

 グラントから「君は、コネでこのパーティーのメンバーになったのかね」と面と向かって言われた際、アーシェラは平然と「似たようなものです」と答えたが、彼は別に自信があったわけではない。むしろ、そこまで言われたのなら「そろそろお払い箱か」と覚悟していたほどだ。

 アーシェラがそんな劣等感に苛まれる日々の中で、リシャールは常に前線で華麗に活躍していた。リシャールに限らず、エノーをはじめとする1軍メンバーたちは、自分が逆らえる相手ではないと心の中で思っていたのだ。


 しかし――――今彼の目の前にいるリシャールが、アーシェラにとってあまりにもちっぽけな存在に思えた。自己中心的で、自分の実力を鼻にかけ、貴族以外を「下民」と見下し、世の女性を自分の玩具か何かだと思っている…………そのくせ、口を開けば平気で自分の品位を貶める暴言を吐き、少し皮肉を向けただけで躾のなっていない子供のように喚き散らす。こんな男の何を恐れることがあろうか!


「公子様は、よほど目と舌が肥えているようですね。公子様のおっしゃる通り、此処は世界の辺境の吹けば飛ぶようなボロ村……あなた様に満足頂けるような御持て成しはできないようです。このようなところにいても、イライラで寿命が縮まるだけでしょう。お帰りはあちらです、どうぞお引き取り願います」

「ふざけんじゃねえぇっ! 俺はリーズを迎えに来たんだつってんだろ! 俺はこんなクッソ汚ねぇところまで、来たくて来たんじゃねぇ!」 


 アーシェラの挑発するような言葉に、リシャールは何度も両拳をテーブルにバンバンと叩きつけ、ロン毛の金髪を振り乱して喚き散らす。


「っつーか、そもそもリーズを迎えに来いと言ったのはお前の方だろうが、あぁ!?」

「何をおっしゃるのやら。僕がいつあなたを招待したというのです。いえ、そもそもエノーやロザリンデにも、僕は別に「来てほしい」なんて一言も言ってないんですけど。違うかい、エノー」

「あー……まぁ言われてみれば確かにな……」


 まさか自分の方にアーシェラの舌が向けられるとは思わず、一瞬キョトンとしたエノー。

 彼自身も、アーシェラに言われるまで「リーズを迎えに来てほしい」と直接言われたような気でいたのだが、よくよく考えれば手紙の「文面」にはそんなことは全く書かれていない。危うく彼も、アーシェラの罠にはまる寸前だったことに気が付き、改めて背筋に悪寒が走った。


「つまり、あなた方は本来予定してなかったお客様で、それでもまあエノーとロザリンデは会いに来るかもしれないと思ってはいました。ところが公子、あなたは完全に招かざる客なんですよね。リーズを連れ戻しに来たとか言っていますが、ここまでリーズに嫌われているなら、もうここにいる意味がないのではありませんか?」

「ぐ……がっ! お、俺がリーズに……嫌われているだとおぉぉっ!」


 アーシェラの舌鋒はなおも止まらない。

 いくらリシャールが勘違い男とはいえ、此処までリーズから露骨に嫌悪な態度を見せられれば、自分が好かれていないことくらいは嫌でもわかる。だが、それでも彼はリーズをこの村から連れ出しさえすれば、後はどうにでもなると考えているようだ。


(焦るんじゃない……! リーズはこの下民に洗脳されているだけだ! だがリーズは清楚で真面目で貞淑だ……! この下民に辱められているということはあるまい!)


 頭に血が上りすぎて思考が意味不明な状態になっているリシャール。

 今この場に彼の頭の中を覗ける者がいたならば、今すぐ彼の頭を破城槌でカチ割って、その腐った頭の中身を毒の沼地に沈めたいと思うことだろうが、幸いこの場にはそのような能力を持っている者がいないので、実行に移されることはなかった。


「おいロザリンデ! 俺の剣をよこせ! 王都に引きずっていくまでもない! こいつをこの場でたたっ切ってやる!」


 リシャールがロザリンデに武器の返却を要求するも、彼女は聞き入れない。


「何度も言わせないでください。私たちは話し合いに来たのです。この程度のことを言われたからと言って、相手を切り捨てることは、王国貴族として恥ずべきことです」

「おっとリシャール、お前やっぱりあの第2王子と同類だな。口げんかに負けたらすぐに剣を抜くとか、お前それでも公爵家の跡継ぎなわけ?」

「ぬぐぐぐ……クソがっ!」


 またしても第2王子の名を出されて口ごもってしまう。味方であるはずのエノーとロザリンデは、もはや足手まといどころではない。明らかに彼に敵対してきている。


「そもそもだ! エノー! ロザリンデ! なんでお前らは奴らの肩を持つんだ!?」

「だいぶ錯乱しているようですね公子。落ち着いて冷静にならないと話が進まないのです。それを乱しているのは、ほかならぬ公子ではないですか」


 すっかり孤立無援となり、頭に青筋が見えるほど憤慨するリシャール。

 しかし、ここで意外なところから援護 (?)がとんできた。


「ふーん、リシャールってさ、そんなにリーズのことが好きなの?」


 なんとリーズが、まだ憮然とした表情ながらも、一本の救いの糸のような言葉を垂らしてきた。もはや冷静ではいられないリシャールは、一も二もなくリーズの言葉に飛びつき、輝かんばかりの(気色悪い)笑顔を向けた。

 予想外のリーズの言葉に、エノーとロザリンデは内心やや困惑するも、リーズに何か考えがあるのだろうと結論付け、成り行きを見守ることにした。

 なにしろ、アーシェラの表情はずっと変わらず余裕の笑みを浮かべている。いや、むしろこれが狙いと言わんばかりの堂々とした態度だ。

 果たして、リーズの真意や如何に!



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作者注:ちょっとコンビニに破城槌買いに行ってきます

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