20日目 襲来

 開拓村の東の平原を、3人の男女が馬にまたがり力強く駆け抜ける。

 リーズを迎えに来たエノー、ロザリンデ、それにリシャールは、昨日の夜にようやく旧街道を抜け、旧カナケル王国エリアにたどり着いた。

 アーシェラがいる村の場所までは、旧街道からうっすらと馬車の轍が残っており、彼らはそれを目印にひたすら駆け足でかけてきたのだ。


「くっそ、本当に何もないところじゃないか…………本当にこんなところにリーズがいるのか?」

「今更まだ疑ってんのか? いやなら帰ってもいいんだぞ」

「愚問だね。僕はリーズに会うためなら、世界のどこにでも駆けつけるさ!」

「だったら余計な口をきくなよ」


 馬上のリシャールは、いつものクールな表情はどこへやら、明らかにイライラしているのが顔に出ていた。

 無理もない。彼は、魔神王との戦いの旅路でも、(主にアーシェラのおかげで)食べ物にも寝る場所にも苦労したことがなかった。それゆえ、1週間とはいえ本格的な野営続きは、彼にとってはとてつもなく苦痛だった。なにしろテントも持っていないせいで夜は野ざらしだし、食料も不味い携帯食料を口にせざるを得なかった。

 その上彼は――――かつての勇者パーティー内ですら、何人かの1軍メンバーと浮名を流した好色漢だ。毎晩当たり前のようにロザリンデに手を出そうとするも、彼女からは露骨に避けられ、エノーも妨害に回ってくる。無理やり手籠めにしようにも、戦いの実力はエノーの方が上であり、おまけにロザリンデまで向こうにつくとなるともはや勝ち目はない。

 まあ、そもそも将来嫁に迎えようと考える女性を迎えに行く道中で、よりにもよって聖女に手を出すとは言語道断であるが、彼にそこまでの倫理観があったら、そもそもこの旅路に同行すらしていなかっただろう。


「まあいいや。もうすぐリーズは俺のモノになるんだから、少しは我慢してやらなきゃね。誘拐されたリーズをさっそうと助け出す俺……彼女は俺に抱き着いて、熱い口付けを交わして、それから…………(※)」

「…………おいリシャール、前を見ろ。誰かいるぞ」

「あら、こんなところまで。お迎えの方でしょうか」


 耳が腐りそうなリシャールの言葉にげんなりしていたエノーだったが、ふと前方に2つの人影を見つけ、仲間たちに速度を落とすよう指示した。

 果たして、轍が続く平原の木の下では、ブロスとユリシーヌが迷彩ローブを着て彼らを待ち構えていた。

アーシェラの開拓村の住人と、王国側の人間は、この場で初めて邂逅したのだった。


「ヤァみなさん! ヤアァみなさんっ! この道を行くということは、私たちの村になにか御用ですかな? ヤーッハッハッハ!」


 ブロスが無駄に明るい大声でエノーたちに近づいてくる。

 笑顔だが、敵意を隠そうともしない様子に3人は身構え、特にせっかくの妄想タイムを邪魔されたリシャールは、すぐに剣を抜いた。


「貴様っ! 下賤の民のくせに、この公子リシャールの前に立つか! それとも貴様らが、リーズを拐した張本人か!?」

「公子、いけません。私たちは戦いに来たのではないのです。王国貴族はどこにあろうとも、優雅に余裕を持たなければと、常々ご自身で仰っているではありませんか」

「ぐっ……しかしだなロザリンデ!」


 下賤の民が自分の前に立ったというだけで剣を抜いて憤るリシャールを無視したロザリンデは、彼らの前でも涼しい顔をしているブロスに、わざわざ馬を降りて話しかけた。


「あなた方が、アーシェラさんの村の人ですか?」

「ヤァ! そうですとも! 私たち夫婦は村長から、あなたたちが来たら村に案内するように言われてるんですよーっ!」


 馬から降りたロザリンデとエノー相手に、ブロスはやはり臆することなく明るく話しかける。しかし、彼の後ろにはユリシーヌが殺気を放ちながら佇んでおり、彼に何かすれば容赦しないと、言外に語り掛けているようだった。


「リーズは……勇者は村にいるのか?」

「ヤッハッハ! もちろんだとも! 今日もいつも通り、村長の隣にいるよ!」

「なるほど、よくわかった。悪いが村まで案内してくれ」

「ヤァ! かしこまりっ!」


 エノーはブロス相手でも、決して騎士の姿勢を崩すことなく、なれなれしく話すブロスにも礼儀をもって答えた。だが一方で、ただ一人決して馬から降りなかったリシャール公子は…………


「リーズがいるんだな! ならば話は早い! お前らの案内などなくても、俺一人で迎えに行くぞ!」


 そう言って彼は、ブロス夫妻を無視して、騎乗したまま轍が続く先に駆け抜けていこうとした。

 それを見たブロスは、わざとらしく驚いて、突っ走る彼の背中に向けて叫んだ。


「ヤヤヤっ! ちょいと「こーし」さんっ! 勝手に走っていくと危ないよっ!」


 その時であった!

 突然、ガシャンという大きな金属音がしたかと思うと、リシャールが騎乗していた馬が悲鳴を上げてその場に前のめりに倒れた!

 もちろん、騎乗似ている人間はただでは済まない!


「おあーーーっ!?」


 リシャールは、情けない悲鳴をあげながら、前方の草むらに無様に投げ出された。

 打ち所が悪ければ、常人なら即死の危険もあったが、幸い耐久力HPがある彼は、腕を骨折しただけで済んだ。


「ヤッハッハ、だーから言ったのに。この辺は私が仕掛けた魔獣対策の罠があるから、うかつに進むと危ないんだよっ」

「みろ言わんこっちゃない。何のための案内人だと思ってるんだか」


 同じような言葉を同時に言った二人は、笑いをこらえながらふとお互いの顔を見ると……小さくサムズアップを交わした。もしかしたらこの二人は、案外馬が合うのかもしれない。


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※作者注:うるせぇ激堅黒パンぶつけんぞ!

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