20日目 入口
村らから見て東の空に、術で光を発する矢が上がるのが見えた。
リシャールが無様に罠にかかっている最中、ユリシーヌが村に向けて彼らの来訪を知らせたのだ。
「とうとう……来たね!」
「うん、そうだね。でも大丈夫、僕はもうリーズを離したりしないから」
「リーズもっ! エノーたちがシェラに斬りかかってきたら……リーズも容赦しない」
「でも、出来ればそうならないように頑張ろうか」
ユリシーヌの合図を待っていたリーズとアーシェラは、お互いに手を取り合ってゆっくりと立ち上がり、村の入口に向かった。
この日の二人の姿は、かなり気合が入っている。リーズはミスリルの胸当てと、大事にしているティアラを装備し、腰にはいつでも抜けるように剣を携えている。
そしてアーシェラは――――藍色と白色を中心とした重厚なローブに身を包み、普段は結っている後ろ髪を解き、手には先端に女神の姿が彫られた術仗を手にしている。これらの装備は、かつてアーシェラが魔神王討伐のたびに従事していた頃、王国での式典に招かれることになった際にみすぼらしい恰好では困ると思ったなじみの商人が、わざわざ特注であつらえてくれたものだ。
だが、結局王国の式典に招かれることはなく、この装備一式も家の長持の奥にしまわれて、今までついぞ着ることはなかった。
「シェラ、すごく……カッコいいっ!」
「リーズに喜んでもらえるだけでも、すごく嬉しいよ」
馬子にも衣装というのか。普段から簡素な服しか着ないアーシェラが立派な衣装を着ると、もう完全に「村長」どころか、どこかの国の外交官を思わせる威厳が感じられた。リーズは、優しくて穏やかなアーシェラが大好きだが、彼の新たな一面も見れて興奮を抑えきれなかった。
「あらあら、すごくお似合いですわ村長」
「わーいっ! 村長さんとリーズお姉ちゃん、まるでおとぎ話の騎士とお姫様みたいっ!」
「ふむ、さしずめリーズが騎士で、村長がお姫様か」
「あ、あはは……あまり気を落とさないでね村長。僕はすごくカッコいいと思うよ」
茶会の時の衣装をその身にまとったイングリッド姉妹と、立派な装備に身に固めたレスカ、フリッツの姉弟はすでに村の入口に立っていた。これだけ立派な恰好をした人間が集まると、ここが辺境の開拓村だということを忘れそうになる。
この村は、どの国にも所属していない。つまり、この村自体が「国」でもある。
相手は王国でも最上級クラスの使者をよこしてきた。ならば、こちらも国として、礼儀を持って出迎えるのが筋だ。向こうからすれば生意気なことこの上ないだろうが、彼らにはこの村が、王国と対等な独立国であるということは、強く主張したいところだ。
「みんな、これから来るのはかつてのリーズと僕の仲間だったけど、くれぐれも油断はしないように。それに、危なくなったら無理はしないようにね」
『応!』
こうして、村人たちが準備万端で来訪者を待ち構えていると――――しばらくしてブロスが3人の人影を伴って歩いてくるのが見えた。
ブロスの先導に従って、エノーとリシャールが並んで歩き、その後ろをロザリンデが付いていく。そして、最後尾を固めるようにユリシーヌが「2頭」の馬の手綱を引いていた。
「おい、リシャール。表情が凄いことになってんぞ。小用するならその辺で早くして来いよ」
「貴様……後で覚えていろよ」
公子リシャールはイライラとムラムラが溜まりすぎて、冷静さを失いつつあった。
ブロスの忠告を無視して騎乗する馬が罠にかかり、腕の骨を折る大けがをするも、ロザリンデはこともあろうか先に罠にかかった馬を回復し、リシャールの治療を後回しにしたのだった。しかも、彼が乗っていた馬は、主人からの扱いの悪さに耐えかねたのか、回復した直後に明後日の方向に駆けだしていき、そのまま大自然の中に姿を消してしまった。
扱いの悪さに怒ったリシャールがロザリンデに詰め寄るも――――
「道中で聖女を口説こうとした罰です」
と、取り付く島もない。
それだけにとどまらず、彼女はリシャールがブロスに向かって剣を向けようとしたことを非難し、エノーの分も含めて持っている武器を一時的に取り上げてしまった。
「何かの間違いで向こうの住人を傷つけてしまえば、勇者様は激怒して王国に戻ってこなくなる可能性があります。間違いが起こらぬよう、緊急事態になるまで武器は私が預かります」
「ぐっ…………しかしだなっ!」
「公子は、何でも武力で解決する野蛮な下民とは違うのでしょう? いざとなれば私もエノーもいるのです。おとなしく武器を渡しなさい。さもなくば治療しませんよ」
ロザリンデは、道中で散々セクハラをされそうになったせいで、完全に機嫌を損ねているようだった。
リシャールは仕方なくロザリンデに剣を預け、ようやく治療してもらった。ついでにエノーも武器を没収されたが、こちらは「はいよ」と一言だけ言って素直に手渡した。
そんなわけで、男性二人は現在完全な丸腰ではないが、主要武器をロザリンデに握られている状態だ。
彼らの実力なら、ただの村人や盗賊相手なら武器なしでも余裕で相手できるのだが、この日のリシャールには全く余裕が感じられない。
(くそっ…………もう我慢の限界だ! リーズに会えたら、すぐにモノにしてみせる!)
だが、そんなことを考えているのを見抜いたのか、ロザリンデがまたしても釘をさしてくる。
「何度も言いますが、みっともない真似は慎んでくださいね。勇者様は、第2王子様のような見境のない人は嫌いなのですから」
「ははは、そういえば今のお前の顔、あの嫌らしい第2王子そっくりだ。ほら、いつも通りクールにいこうぜ」
「…………わかってる!」
第2王子を例に出されると、さすがの彼もいったん自分を見直さざるを得なかった。
周囲から見ると明らかに「同族嫌悪」でしかないが、リシャールには「自分はセザールとは違う」という自負がある。
(いちいちうるさい奴らだ。エノー、貴様は王国に帰ったら公爵家の力で全てを取り上げてやる。そしてロザリンデは、二度と逆らわない様たっぷり「教育」してやる!)
ピリピリしたムードで進む一行は、ついに開拓村の入口までやってきた。
時間は正午。太陽はすでに天頂にある。決戦の火ぶたが、まもなく切られようとしていた。
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