贅沢な悩み

 ロザリンデと共に本音の一部を語り合ったエノーは、その日の午後、久しぶりに貴族のパーティーに賓客として顔を出していた。

 この日催されていたのは、王国六公爵家の一つ「ヴィルドゥアン公爵」一族の創立記念式典だ。公爵家の大きな屋敷には、日が暮れる前から地位の高い貴族が大勢集まり、高級酒が注がれたグラスを片手に様々な場所で歓談しあっていた。


 そんな中、エノーは普段は滅多に着ないパーティー用の衣装に身を包み、バルコニーからパーティー会場内を眺めつつ、一人でグラスを仰いでいた。

 彼は別に友人がいないわけではなかったが、午前中までにいろいろなことがありすぎて、いまだに頭の中の整理がついておらず、パーティーを楽しもうという気が全く湧いてこないのだ。


「ね、ね! あそこにいるの、黒騎士エノー様では!?」

「御一人なのでしょうか……? どなたかを待ってたりは?」

「話しかけてみましょ! も、もしかしたら……!」


(聴こえてるって)


 ところがパーティーが始まってしばらくもしないうちに、一人でいる彼を見つけた目ざとい令嬢たちが、いそいそと近付いてきた。

 見た目麗しく、さらに勇者と共に最前線で戦った折り紙付きの実力者であるエノーは、女性にとてもモテるのだ。エノーが貴族になりたてだったころは、平民だったらとてもお付き合いできないような高嶺の花に囲まれて、とてもいい心地だったのだが…………今ではそれも何とも思わなくなってきた。

 モテるのは悪くないが、なんだか彼女たちが自分を見ているようで見ていないような気がしてならないのだ。むしろ今は出来れば一人にしてほしかった。モテる男ならではの贅沢な悩みだったが、嬉しく思えないことを無理やり嬉しく思うことはできない。


「ごきげんようエノー様! きょ、今日は御一人でしょうか?」

「ごきげんよう、アルレット嬢。それにミラベル嬢にセゴレーヌ嬢も。今日はまだ来たばかりですので、

ご覧の通り私の友人はこのグラスだけです」

「っ! わたくしの名前、憶えていて下さったのですね!」

「嬉しいです……エノー様は、本当に誠実ですわ……」

「あのっ! そのっ! ずっとお話ししたいと思っておりました!」


 煌びやかなドレスを着たお嬢様たちは、その後もせっかくの大物を逃すまいと必死にエノーにアピールし始めた。対するエノーも、いつもの癖で女性相手に嫌われないよう、模範的ともいえる対応を心掛けてしまったので、令嬢たちの熱は増すばかりだ。


(うぅ…………困った。ロザリンデが見たら、きっと怒るだろうな……)


 生粋の貴族なら、自分に不要な女性を角を立てずにあしらう術を持っているのかもしれないが、まだ貴族になったばかりのエノーは、失礼のないように誠実に接することで精いっぱいだ。

 色目を使いながらぐいぐい迫ってくる令嬢たちと話す間も、エノーが頭に思い浮かべるのはロザリンデの顔…………

 もし仮にエノーが、ロザリンデが男性に迫られているところを見てしまったとしたら、彼は色々と我慢できる自信がなかった。


(そして、リーズもこんな思いだったんだろうか。いや……あいつは、もっと嫌な気持ちを抑えていたはずだ。そりゃ逃げたくもなるな…………)


 男性が女性からアプローチされていやがるということはあまりないが、女性は逆に意中の男性以外からアプローチされるのは嫌がるものだ。ましてやリーズは、下心満載の男性に対し、勇者として応じなければならなかった。その苦痛は想像を絶することだろう。

 エノーは心が痛んだ。リーズをこんな世界に引きずり込んでしまった責任の一端は、ほかならぬ彼にあるからだ。

 そんな彼の心境も知らず、令嬢三人はエノーを今日一日だけでも我が物にせんと最終アプローチをかけてきた。


「エノー様! 今日お話しできたのも何かのご縁です……この後、私たちと一緒に踊ってくださいませんか!」

「今日の晩は……たくさんお話ししたいです」

「お疲れになられても、私の別宅がこの近くにありますので…………」

「あぁ、ええっと……」


 別のことを考えながら適度に話を合わせていたせいで、エノーはいつの間にか彼女たちに包囲されてしまっていた。この日はとてもそんな気分になれないが、とっさに断る言葉が出てこない。


 焦るエノーだったが――――そんな時、意外なところから救いの手が差し伸べられた。



「なんだ、そこにいるのはエノーじゃないか。お前が女を侍らせるなんて、珍しいこともあるものだな」

「……これは、セザール殿下!」


 なんと、第二王子のセザールが、エノーの前に姿を現したのだった。

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