一方的な勝負

 六公爵家のパーティーだけあって、王族が来ていることは知っていた。

 だが、よりにもよって第二王子セザールが会場の隅にいるエノーに声をかけてくるとは、彼も全くの予想外だった。エノーを無邪気に囲んでいた令嬢たちも、二人の異様な雰囲気を察したのか、すぐにエノーから離れ、イケメン二人の対立を固唾をのんで見守っている。


(今更こんなところで何の用だ? リーズのことで何か言いたいことでもあるのか?)


 普段のパーティーでは、エノーが声をかけても鼻で笑うセザールが、逆に話しかけてくる用事で、思い当たるものは一つしかない。

 セザールにとってエノーは、かつて勇者リーズと最前線で戦った仲ゆえに、自分がリーズをものにするための障害でしかない。なので、セザールが話しかけてくるのは確実に勇者リーズ関係だろう。


「エノー、お前。午前中にグラントと会って話をしたんだってな」

「その通りです殿下。それが何か」

「その後お前はどこに行っていた? 俺はお前にも「例のこと」でいろいろと聞きたかったんだがな。家来たちにも探させたが、どこにも見当たらなかったそうじゃないか」

「あいにく、神殿関係の仕事に入っていたもので。内容は機密とさせていただきます」

「ふん…………相変わらず王室への忠誠心に欠けるようだな。お前の雇い主がどこのだれか、忘れたとは言わせんからな」


 エノーは「少なくとも、今のお前は雇い主じゃない」と心の中で毒づくも、王家への反逆と言われるのも後々面倒なので、当たり障りのない言葉でセザールと会話を交わす。


「そもそもだ、次代の国王であるこの俺に手を煩わせるなんて、申し訳ないと思わんのか?」

「御冗談を。太子様は以前より第一王子殿下と決まっているではありませんか」

「ふん、お前はやはり兄上の派閥か。だがな、いずれ俺は勇者リーズを娶る。これが何を意味するか分かるだろう? 父上はすでに全てにおいて俺の能力を下回る兄上など、見放しているさ。それよりも、次期国王である俺の手を煩わせ、あまつさえその反抗的な態度…………いくら勇者と肩を並べた実力者とはいえ、よくもそう偉そうにできるものだな」


 ねちねちとエノーに絡むセザール。周りの貴族たちも異変に気付いて、彼らを遠回しに見つめるも、決して両者の間に入ろうとはしなかった。

 なにしろ下手に割って入っても第二王子セザールの心証を害するだけだし、そこまでしてエノーをかばってやろうという気概の持ち主はこの場にはいない。みんな自分が可愛い……だから見ているだけだ。


(おいおい、午前中に俺と話ができなくて拗ねてるのか。それだけのために、こんな圧力かけてくるのかこいつは)


 普通、王国の王子に絡まれるとか生きた心地がしないだろうが…………エノーは委縮するどころか、心の中で大いに呆れていた。

 おそらくセザールは、午前中にエノーたちと出くわしそうになったとき、グラントのところに顔を出すだけが目的ではなかった。誰かがエノーたちがグラントのところにいるとセザールに報告し、それを受けてセザールはエノーと何かを面と向かって話すべく、グラントの執務室に向かったのだろう。

 しかしエノーとロザリンデは咄嗟に隠れてやり過ごし、ほとんどの人が存在を忘れている部屋に籠っていたせいで、目的を果たせなかったのだ。そして、貴族たちが集まる重要な場でエノーを侮辱することで鬱憤を晴らそうとしているのだろう。

 そう考えると、第二王子という地位の人物がやることにしてはあまりにも小さい。


(初めて顔を合わせたころは、少しは尊敬できる面もあると思ったんだがな……)


 エノーが貴族になりたての頃、まだ王宮でのしきたりを覚えるのに必死だった彼にとって、尊大だが堂々とした態度のセザールに対し「さすが王族は風格が違うな」と感心したものだ。

 エノーたち勇者パーティーを「我が国になくてはならない人の宝」と宣言した時には、この国の将来は安泰だとすら思った。

 ところが、ここ1年弱でセザールのメッキは大分剥がれてしまった。気に入った者とそうでない者との待遇差が露骨なのはまだわかるが、勇者リーズを何かにつけて下に見て、将来自分の「付属品」にしようとする下心が見え透いてきたのには我慢ならなかった。

 おまけに、その堂々とした態度とは裏腹に、その実考えが浅く中身がないことに気づいてしまうと、もはや尊敬の念は一片たりとも残らず消え失せてしまった。


 エノーが最近王族に対する忠誠心にかけるとセザールは言うが、その原因はほかならぬセザール自身にあることに彼が気が付くことはないだろう。



「なんだその目は? お前、本当に俺に逆らう気じゃないだろうな?」

「…………いえ」

「はっ……まあ、そうなるよな! とにかく、例の件………明日ゆっくりと話そうじゃないか。今度はこそこそ逃げないでくれよ!」


 セザールはエノーを面と向かって侮辱できたことに満足し、エノーの肩をバカにするようにポンポンと叩いた。それに対してエノーはあくまで無表情のまま、されるがまま棒立ちするだけ。

 傍から見れば、エノーがセザールの嫌がらせに屈し、何も抵抗することができなかったの見るだろう。エノー自身は馬鹿馬鹿しくて抵抗する気も起きなかっただけだが、貴族世界は見たままの結果こそがすべてだ。

 今後エノーは「第二王子に嫌われた」という汚名を返上するまで、貴族社会からつまはじきにされることになるだろう。かつて同じ陣営で共に戦った仲間たちの大半も、エノーから距離を置くに違いない。


 そして――――その影響は目に見える形ですぐに表れた。


「おい、そこの女ども。こんな男相手にしてもつまらんだろ? 今晩は特別に俺が相手してやる」

「へ……で、殿下が!? わたくしなんかでよろしいのですか?」

「ああ、もちろんだ。ただし、俺の相手にふさわしいかどうかは、お前たちの頑張り次第だがな」

「わ、私……やりますっ! 殿下、行きましょうっ!」

「エノー様、その……申し訳ありません。私も急に用事が…………」

「急用ができたなら仕方ありません。お気になさらず」


 セザールは、エノーに群がっていた令嬢3人をあっという間に彼から引き剥がし、持って行ってしまった。こんなことをされれば、少しでもプライドがある男なら決闘ものだが、エノーは何もアクションを起こすことなくあっさりと彼女たちを手放した。


「じゃあな、黒騎士。またいい出会いがあるといいな」


 エノーの取り巻きだった(ように見えた)女性たちをその腕に抱え、どうだ悔しいかとばかりのドヤ顔をしてその場を後にするセザール。だが、エノーは悔しくもなんとも思わなかった。

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